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Re: 空響  −VOICE− ( No.15 )
日時: 2011/12/09 20:48
名前: 栗鼠隊長 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
参照:                      旬  だけど 。

小さな窓の脇にある花瓶を、ベッドの上から眺めていた。
部屋の明かりはない。
月明かりに照らされた一輪の花は、月明かりを跳ね返し、自ら輝く花の如く煌々としていた。
——これは確か……。
【太陽の花】。正式名称、サンフラワー。ジュリオが尻餅をついた際に踏み潰してしまった花である。
この花はアニュメンダ浮遊島……いや、プロンダ空島からやってきたと思われる幻の品種だった。そう、まえまでは。
いまではこの太陽の花が幻とも珍しいとも言われなくなっていた。とある学者が人口受粉を行い、繁殖させたのだとか。もう街を歩いただけで道端にでも生えているような花になってしまっていた。

「ナタリは太陽の花、好き?」
「——え? えぇ、好きよ」

誰もいないと思っていたすぐ隣から、聞き慣れた声がした。同じ部屋を使わせてもらっているアユミンだ。
アユミン・カスパード・ナオニ。
歳はナタリより一つか二つ下の彼は流民であり、一生踏みつけられて生きてゆかなければいけない身分、存在であった。軽いウェーブのかかった栗色の髪に、澄んだ碧眼。おそらくテルマリア市国の民なのだろう。ナタリも相手の詮索などしないタチなので、詳しくは知らない。

「そう、よかったっ。それね、僕が摘んできたんだよ。ナタリきっと喜ぶと思って!」

嬉しそうに目を輝かせるアユミン。
窓から差し込む月明かりに、栗色の髪がクリンと揺れた。

「アユミンが?」
「うんっ」

目をきゅっと三日月型に細め、微笑むアユミンは本当に無邪気だ。

「ありがとう、嬉しいよ」
「うんっ」

部屋の明かりをつけていないせいか、少し暗い室内だったけれど、その闇にアユミンの髪はよく映えた。

「……でね?」

話すスピードが遅くなり、声から伝わるアユミンの考えていることが分かる気がした。
——また何か言われたのかな。
アユミンはとても心が弱く、流民だと馬鹿にされてはよくナタリに相談を持ちかけていた。

「ん、どうしたの?」

それから少し間をおいて、アユミンは潤んだ瞳をナタリへと向けた。

「僕ね……、好きな人ができたの」

——え?
——アユミンに好きな人?
——誰も信用できないって私以外信用できないって言ってた、あのアユミンが?
——まさか。
そんなことってあるのかと、ナタリは目を見開いた。

「信じられないよね。うん、僕も信じられないんだ。だけど……」

あのアユミンにも想えるような優しい女性が現れたというのだろうか。

「ど、どんな人なの??」
「え……っとね、色黒で」
「うんうん」
「それで、ほっそいの!」
「ほう、ほっそくて?」
「強くて〜」

——つ、強い!?

「筋肉がすごいの!」
「……ぇ。細いんじゃなかったの?」
「筋肉があって引き締まってるってことだよ! あとは背が高い!」

——……もうだめだ。
色黒で筋肉があって引き締まった身体を持つ、背が高くて強い女性……。

「アユミン、それ止めた方がいい。絶対に止めた方がいい!」
「ど、どうして?」
「どうしてもなにもないでしょう!? なんでアユミンに限ってそんな女の人……」

絶望にくれかかったナタリ。
アユミンに限って、どうしてこう、そんな女性を選んでしまったのか。ナタリには思い当たることが一つだけあった。
——アユミンは、私と同じで女の子っぽいから、恋愛対象が男性らしい人になってしまったのかもしれない。
男でありながら女性のように振舞うナタリとして、同じ部類のアユミンはそうしたことからこんなことになってしまったのだとしか考えられなかった。いや、同じ部類だからこそこんなように考えてしまうのかもしれなかった。

「え? やだなぁナタリ、僕が好きなのは……」

コンコン——
もう少しでアユミンがカミングアウトしようとしていた矢先、ドアが叩かれた。

「……? はい」

部屋を訪ねてくる人などめったにいないので、ナタリは訝しい表情でドアを開けた。

「悪いな、こんな時間に」

部屋を訪ねて来たのは編隊長のカイオン中尉だった。
サラリと横に流した金髪が、美しく風もない空中を棚引いている。その綺麗な髪といい、華奢で色白で女々しい容姿といい、ナタリの欲しい要素だらけだった。

「いえ、大丈夫です。ところで中尉、珍しいですね? 訪ねて来られるなんて」
「……あぁ」

頭に乗っけていた軍帽を静かに退け、中尉は髪を乱雑に掻き上げた。

「ちょっと、いいか? ここじゃまずい話だ。俺の部屋に来ないか」
「はっ、では」

中尉の部屋には、あまり行ったことがなかった。故にナタリは興奮と緊張を抑えるのに精一杯で、歪むアユミンの表情など気にかけていられなかった。

「ちょっと行ってくるね、アユミン」

軽く手を振って、部屋を後にした。