ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 空響 −VOICE− ( No.3 )
日時: 2011/10/24 20:05
名前: 栗鼠隊長 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
参照: http://www.kakiko.info/bbs/index.cgi?mode=view&no=15880

*余談  一・五話

この世界には、二つの国と三つの地域が存在する。
ナタリ・アンハーダーがそれを知ったのは、彼女が初等教育を受け終え、中等教育を受け始めたころだった。最初の内は興味を示すこともなく、成績もずば抜けていいわけでもなかった。彼女はいわゆる、平々凡々だったのだ。
そんな彼女にある日、人生を変える教師の一言が届けられた。それはまるで彼女の為だけに紡がれたかのように、ナタリの心をぐっと惹いて離さなかった。

「この世界には果てがある。近日、この記事がトップを飾ったことは知っているな?」

燐寸棒のような細い先生。興奮気味に、言葉を吐き出すように並べ立てる。
質素で貧乏な暮らしをし、食べていくだけでも精一杯な彼女の家は世間話など無論知るはずもなかった。そして世間体もお金にも政治にも興味を示さない彼女にとって、それはどうでもいいことの一つに過ぎなかった。……はず、だった。

「なんと、この世界は球体をしていることが明らかになったのだ。そして空に何があるのかも。まだ本物を見た者は誰もいないそうだが、この広い空のどこかに、浮遊島があるらしい。地上遥彼方に瞬く星どもも、その浮遊島かもしれないとの憶測さえ出始めている。これは人類の進歩であり我々カプタール皇国民の誇るべき発見でもあるのだ。この空には、豊かな浮遊島があるのだ! 喜べ皆! セントグリアーナにも勝る大発見だ!」

ワーッ、と皆揃って歓喜上げ、教室の中は拍手喝采の海になった。だが彼女、ナタリだけは違った。
目にはいつもと違う強い意志の光が宿り、しかと正面から教師を見据えていた。その毅然とした表情は、いつもの彼女からは想像もできないものだった。彼女の瞳は、未来を捉えようとしたかのごとく爛々と輝きを放っているかのようであった。



放課後、ナタリは授業前の『浮遊島』の話が気になって、先生のもとに来ていた。

「コダート先生」
「おぉ、アンハーダー君。珍しいじゃないか。どうしたんだね?」
「今朝の話のことなのですが」

するとコダート先生は、眉間にシワを寄せて言った。

「君の悪い癖だ。どうせ『浮遊島』が見たいのだろう? 君に飛行士は務まらないよ。それに、どこにあるかは分かっていないんだ。偶々、写真に写りこんだだけの気まぐれな島なんだぞ? 何十人の学者が総出して探したって見つからなかった幻の浮遊島は、まだ存在しか明かされていない。イコール、限りなく無理に近い。いや、無理なんだ」
「どうしてですか。やってみないと分かりません。それこそ先生の悪い癖じゃないですか? 私の可能性は、そんなにもありませんか?」

コダート先生には分かっていた。ナタリは『浮遊島』に興味を持ち、見たいと思っているのだと。どうせ空でも飛んで見に行きたいのだろう。
だがそれは、コダート先生にとって良くは思えない事実だ。なぜなのか。理由は簡単で、ナタリには何をやらせても成功したためしがないから。
……彼女に、飛行士は務まらない。
ある意味での教育かもしれない。真実を受け止める心が、ナタリには欠如しているようだったから。

「いや、そういうわけではないよナタリ君。君は……あっ」
「もういいよ、先生っ。私、飛行士になるために飛行士訓練学校に行くことにするから!」
「あ、っちょ……!」

片手を大きく振り切り、ナタリは廊下を駆けていった。

「まったく……。君が入れるところじゃないよ、飛行士訓練学校は」

廊下の窓から入る夕焼けの赤は、先生を染め上げため息をつかせた。

「こんな豊かなところに生まれたというのに、君は——」

先生の瞳には、懐かしさを感じさせる温もりが宿っていた。