ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 空響 −VOICE− ( No.4 )
- 日時: 2011/10/26 17:52
- 名前: 栗鼠隊長 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs/index.cgi?mode
第二話 「仕事ですから」
「……なんだなんだ、どうした。なぜ泣いているんだ? 花を尻に敷いたごときで、男というやつは……全く」
茂みに隠れて様子を窺っている彼女、名をナタリ・アンハーダーという。
額には大きな飛行時装着ゴーグルをし、服装は空陸両用の動きやすそうな栗色の飛行服。
「おい、そこの……ええと……」
ジュリオを無害と判断したのか、なんの構えもなしに、彼女は堂々と姿を現した。
名前が分からないためか、少し呼びかけに迷いがあった。
「——う、わ……あっ……あああああ!」
突然だったために、それなりにジュリオも驚いた。
「あ、あのう! ひ、ひひひ、飛行士さんですかかかかかっ?」
気が動転してか、ロレツが上手く廻らない。
「ぶ、ぶぶぶ、無事……ですかっ?」
腰まであろう、長く漆黒の髪を揺らしながら綺麗な瞳が、ジュリオを貫かんとばかりに凝視してきた。
どうやらコクレツカ諸国の民らしい。
「無事もなにも、ピンピンして……あ、そうだ! あなたもしかして、この浮遊島のお方かしら?」
彼女は息を荒げ頬を紅潮させ、ナタリはジュリオとの距離を一気に縮めた。顔と顔の近さに、ジュリオは息を詰まらせた。
「ふぐ……っ。ち、近いです飛行士さん」
「ねえ、どうなの? あなた浮遊島のお方? でなければここにいないはずよ。住んでいるのよね? 浮遊島に」
若干……いや、完全に気おされてしまったジュリオは返す言葉さえ見つけられない。腰が抜けて、いつもの臆病さが増したようにも見える。
「ねえ、ねえってば。アニュメンダ浮遊島の人でしょう?」
「——は?」
アニュメンダ浮遊島……?
「アニュメンダ浮遊島……とは?」
なんのことを言っているのかさっぱりだった。
抜けた腰は相変わらずだが、その表情は僅ながら平常を取り戻している。
「住んでるところの地名も知らないの?」
「は? いや、僕が住んでいるここは、プロンダ空島というところです……が……」
「そう。わかった。あなたたちはここを、プロンダ空島と呼ぶのね?」
「は、はい」
答え終わるが早いか否か、彼女はジュリオから顔を離したかと思うと手帳を相手に必死でペンを走らせた。
「プロンダ空島と呼んでいる……。外見的特徴は……うむむ……」
ブツブツと呟きながら、手帳とジュリオの顔とを交互に睨みつける。なにやら分かったことなどをメモしているようだ。
彼女が忙しそうにメモを取っている最中にも、ジュリオの不安は募る一方で軽減されることなど決してなかった。
「あなた、名前は?」
「……ゅ、りお……」
「へ? るりお?」
子供の言葉遊びのように覚束無い、頼り無い声。そして、この上なく小さくて聞き取りづらい。彼女は「ジュリオ」を「るりお」と聞き間違えた。
普段なら死ぬまで笑うジュリオだが、今はそんなどころではない。
「……ゅり……お……」
「りゅりお?」
こんどは「りゅりお」だそうだ。
聴覚が優れている飛行士の彼女といえど、ジュリオの言葉は聞こえないらしい。
「じゅ、じゅ、じゅ……」
「じゅ? あぁ、ジュリオね」
「はい、そうれふ……。ジュリオ・ミ・サーズン……」
わかった、とだけ呟き、今度は島を見渡し始めた。
「自然豊か……。ふむ、多種生物確認……」
今の内にっ!
ジュリオは逃げの体制に入る。……が、悲しいかな、寝巻の袖を完全に杭で地面に固定されていた。
……チッ、いつの間に。
「ちょっと待って、ごめんね。私はあなたを殺せというような任務は聞いてないから、安心して。大丈夫。ちょっと付いて来てはもらうけどね。……ふむ、羊に似た生物を飼育している可能性が……うむむ」
なにやら難しい顔をしている。が、そんなことはジュリオにとって問題ではない。
今のジュリオにとって最優先されるべき事項は、まず逃げることだ。付いて来てもらうということはジュリオにとって、誘拐されるに等しいことだったから。つまりジュリオの解釈では付いて来てもらうイコール連れて帰るなのである。
この落ちそうな偵察機に乗せられるのだろうか。
「……はいっ、完了! 大まかなことはメモしたしー、さっ、帰ろう! ……って、え?」
ジュリオと名乗った少年がいない。……のではなく、死んでいる。
目は虚ろになり、意思のない光をおも宿さない濁った色をしている。
——ジュリオは、死んでいる?