ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 空響 −VOICE− ( No.5 )
- 日時: 2011/10/28 21:47
- 名前: 栗鼠隊長 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs/index.cgi?mode
「ちょ、ジュリオ? どうしたのっ?」
血こそ流してはいないものの、完全に息絶えているように見える。
「ジュリオ? ジュリオ?」
しかしジュリオは死んでなどいない。
—— 一撃必殺死んだフリ!
心の中で密かに唱えた死んだフリの呪文。効果は……、もちろん無い。息を止めてぐったりするだけの技など、一級クラスの飛行士には通用するはずも無かった。それに息を止めるのにも限界というものがある。
「うぷっ……」
彼女は既に気が付いているのだが、ジュリオは必死に死んだフリを続ける。
合間合間に息継ぎをするのだが、それがまた下手くそで奇声が上がる。
「あの、ジュリオ? バレのよ。そんなに無理しないで。言ったでしょ? 私は殺さないから、って」
……通用しない。
分かったはいたものの、抵抗したくなる気持ちは変わらなかった。
「知ってるよ、さっき聞いたもん。でも行きたくない。……僕を、連れて行かないで」
すると彼女はフッと笑った。
「大丈夫だって、すぐに帰って来られるわ。それに私、帰り道が分からないの。しばらくここでお世話になってもいいかしら?」
浮遊島は位置確認不可能なため、変えるには周到な準備が必要らしかった。それに、と彼女は続け、燃料が必要なこととピアトラを引き上げることもしなければいけないことをジュリオに話した。
「だから、ちょっと手伝ってくれない? 私一人でピアトラなんて、持ち上がらないもん」
「……いや、二人でも無理だと思うけど。それなら——」
「ジュリオ!」
「……?」
ふいに、後方から声があがった。
振り返って見るとそこに、ジュリオの姉のクレロッタが立っていた。
「あ、姉さん!」
「……姉さん? ああ,ジュリオのお姉さんなのね」
ナタリは綺麗な黒髪をワイルドにかきあげ、まだジュリオにもしていない自己紹介を勝手ニ始めた。
「初めまして、ナタリ・アンハーダーと言います。コクレツカ諸国民の一級飛行士を勤めてまして、この度は浮遊島を探すべく飛行していたのでありますが、いや、知らぬ間にここに辿り着いてしまっていたというか……」
ここにきて初めてジュリオは彼女の名を知った。
ナタリは自分でも知らぬ間に、プロンダ空島へと辿り着いていたらしかった。
なるほど、これでは帰り道も分からないはずである。
「ですからその、少しの間でいいんです。こちらにおいていただけませんか」
一級飛行士らしい堂々とした口調で、ナタリは淡々と事を告げる。
「え、あぁ、はい……。どうしても、というのなら」
姉も弟と同様気おされたようで、どう見ても自分より年下のナタリへの返答があまりにも頼り無い。姉弟そろって、ナタリの押しに負けたらしい。
普段は強気な姉も、今回ばかりは小さく見えた。
「あ、私はジュリオの姉のクレロッタと言います。よろしくね、ナタリさん」
「ナタリでいいですよ。ジュリオもそう呼んでねっ」
空戦を毎日のようにしている戦士といえど、笑顔は無邪気だった。
「そういえばナタリ」
「ん?」
気になってしかたがないジュリオは聞いてみることにした。
この疑問はきっと、誰もが思うことだろう。クロレッタも同じことを考え始めていたようだった。
「飛行士って、女の人もなれるの?」
ここの他にある地上と呼ばれる大陸について記した書物に、戦闘士は男性しかいないと書かれていた記憶がある。
地上のことはあまりよく知らないが、齧った知識としては女性は子供を産めばいいのだとかなんだとか。
「あ、うん。えっとね、私の家はその……お金があって、ほら、貴族とかって呼ばれるやつ? なんだ。私が空を飛びたいって言ったから、裏口……でね。本当はだめなんだよ。私は女だから。これも義父さんのおかげなの。ま、そこまで話す必要はないけどね」
「へー、そうなんだ」
ナタリは特別だそうだ。
義父さんの権力があっての今だとナタリは話した。
朝日も高く昇りはじめ、陽射しが強くなってきた。もうすぐ朝ではなく昼になろうとしている。
「そういえばジュリオ、朝ごはんまだでしょ? できてるから一緒に食べましょう?」
「うん。あっ、ナタリもどう?」
「いや、私はいいよ……」
——グウゥ
「あはは、お腹減ってるんでしょ? ナタリも一緒に食べましょうよ」
楽しそうな二人と申し訳なさそうな一人は、会話を弾ませながら小屋へと入っていった。