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Re: 空響 −VOICE− ( No.7 )
日時: 2011/10/31 13:40
名前: 旬 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
参照: 名前をちょっともどしてみた。だけ。

第二章 強制連行

一話 生き別れ


燃料になるかもしれない液体を補給し、昨夜引き上げられた偵察機に乗り込むナタリ。各箇所の点検などを済ませる。

「ふぅ。ありがとうね、クレロッタ。どうにか飛べるかもしれない」
「そう、それはよかった。気をつけてね?」
「うん、分かってるって」

最早本当の姉妹のごとく仲良しになっていた。

「それと、ジュリオ」
「なに?」

ナタリにはとある任務が任せられていた。空戦については全くと言っていいほどに役立たずなナタリに任せられることといえば、これくらいだからだった。
内容は、浮遊島に生息する生物の捕獲。当初の予定では鳥かなにかを捕まえて帰れというものだったのだが、少し前に通じた多機との無線で人間がいるのならそいつを連れて帰れと言われた。
だからナタリは、気立てのよさそうなジュリオを連れて帰ろうと思った。
本当は臆病者なだけなのだけれど、それもなにかにつけて都合がよさそうだ。

「私と一緒に、地上へ来て」
「……え? ち、地上?」

——連行。
ぴったりだ。ジュリオは身の危険を感じた。
少しの旅だと思えばそんなことくらいどうってこともないのだが、なにせジュリオだ。悪い方向へと臆病な思考回路が道を広げる。

「昨日言ったとおり。すぐに帰ってこられるから、ね? お願い」

これだけ打ち解けた相手だ。願いを聞き入れてやらないほど、ジュリオ姉弟も冷たくは無い。だが、それ以上に、願いにも限度があると思うのだった。

「ごめんナタリ。その願いは、聞けない。クロレッタ姉さんと離れるなんてできない」
「どうして?」
「だから……」

そのときクロレッタが、ジュリオの一歩前へと出た。

「なんの目的があって連れて行こうとするの? ナタリ」
「……そ、それは」

——分からない。
正直言って、一級でありながら知識としては下級流民と大差ないナタリには分かりかねることだった。
憶測して言うならばそれは、

「地上の人たちが、ここのことを知りたがっている」

だろうか。

「そう。あなたの仲間が、プロンダ空島のことを知りたがっいるから連れて行くと言うのね? ジュリオに説明してもらうために」

任務を任されておきながら理解できなかったナタリよりも、クレロッタの方がよっぽど利口である。
その利口さにはナタリも、思わず納得してイエスと言ってしまう。

「そ、そうよ。だからお願い。ジュリオ、一緒に来て」
「え……、でも姉さん」
「私はいいわよ。一人でも大丈夫。それにナタリは信用できるわ。ねえナタリ、ジュリオのことをお願いするわ。でも必ず、一通りの説明を終えたら帰らせてね?」
「うん、分かってる。ありがとうねクレロッタ! じゃあ行こうジュリオ」
「え? え? え?」

引き止めてくれるとばかり思っていたのだが、これは予想外だった。クロレッタはジュリオを連れて行こうとするナタリを止めることなく、条件付で連れて行くことを許したのだ。

「行ってらっしゃい、ジュリオ。私は大丈夫だから心配しないで。あ、そうそう。ついでに地上のことも見てきてくれる? いいの見つけたら教えてね!」
「あ……、はぁ」

地上のことに興味津々だったクロレッタは、ジュリオを使って知ろうとしているようだった。

「じゃあねクレロッタ。また今度、あなたも地上にいらっしゃい」
「ありがとう。いつか行くね! あ、その前にそのネンリョウで飛ぶかどうかだけど……」
「ああ、うん。そうね。きっと大丈夫でしょう。飛ばなかったらまた、しばらくここにいさせてね?」
「もちろん」

左翼に足をかけナタリは搭乗すると、後に続くジュリオに手を貸した。
ジュリオは臆病な性格に似つかわしい体格で、細くて折れそうだったため大変軽かった。

「……もやしっ子め」
「え、なに?」
「い、いやっ? なんにも」

エンジンを起動させる。低い唸り声のような音が、空気から座席から伝わってくる。

「ジュリオ、クレロッタに手を振って」

右側についている無線を使い、手を振るようジュリオへ促す。後ろを向くと無線を探しキョロキョロとするジュリオが見えた。

「いいよ、応えなくても。ほら手を振って」

ジュリオが手を振ったことを確認すると、ナタリは前へ向き直って操縦桿を握る。

「出発します。シートベルトはした?」
「しーとべ……?」
「座席の左下あたりに付いてるから」
「ああ、分かった。うんいいよ出て!」

低いエンジン音を轟かせ、偵察機ピアトラ№4は飛び立った。

「飛べたわ。……ありがとうねクレロッタ」

両翼の先端をパタつかせ挨拶代わりとする。

「えーと、ここから西へ七千五百キロね」

高度計と位置確認機能をフルに使い現在位置を確認した。
雲は一切なく、見晴らしは最高だった。ここは確か見方空域のはずだから、敵に追い回される心配もしなくてよさそうだ。とはいえここは空である。油断は禁物。お頭は下級と変わらないナタリでも、見張りを怠ることは許されないのだということくらい分かる。

「ごめんなさいジュリオ。後ろの空の見張りを頼めないかしら」
「空?」
「うん。敵機が見えたら教えて欲しいの。なにか光るものが見えたら言ってね。追い回されると打ち落とされる可能性の方が大きくなるから」

誰も好んで死のうなどとは思わないだろう。

「うん、分かった。見張ってる」
「よろしくね」

相変わらず無線は使えないものの、近くで話したものだから音声がきちんと届いたようだ。
機の外では、下のほうで海が輝いている。見あげなくても雲が間近にあった。