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Re: 空響  −VOICE− ( No.8 )
日時: 2011/11/03 17:02
名前: 旬 ◆Q6yanCao8s (ID: aza868x/)
参照: 名前をちょっともどしてみた。だけ。

偵察機に乗って東奔西走。日没まで時間が迫ってきている。果たしてここはどこだろうか。レーダーで捉えきれない位置にいるとすれば、今日中には帰れないのではないか。
あまりに下手くそなナタリの操縦に酔い、見張りに使い果たした精神力は底を尽きた。ジュリオは今、とてつもない空腹と酔いに襲われているところだった。
酔いによる攻めは一層激しさを増し、精神的な守りは弱くなる一方。胃に内容物が無いことだけが、唯一の救いとなった。万が一むせ返ったとしても、機内で吐くことはないだろう。
遮風板の外では、最早朝日だったはずの太陽が、傾き日没を迎えようとしていた。出発したのは朝、そして迷っている今はもう夕方。
少々疲れてきたナタリと呆れるジュリオは背中を合わせ、互いに一言も言葉を発そうとはしない。
——と、そのとき。偵察機に一本の無線通信が入った。

『——機——タリ—こえるか—? ——せよ—。繰り返——機ナタリ——に——せよ—』
「おっ、なんだなんだ。はいっ、こちら偵察機ナタリ。現在位置を確認するも、どこへ向かっていいのやら分かりません。どうぞー」
『最寄—トラスト航空基地へ——を—陸—よ』
「え? あー、なんだ。もう着いてたんだ。はい、了解」

ナタリは本当に通信中に無駄口が多い。これもナタリの低脳さ故だった。これでは大事なときにもすぐに打ち落とされる可能性が極めて高くなることを、ナタリ自信は自覚していない。

「ジュリオ、もう着いてたみたい。ごめんね。今から着陸態勢とるけどそのままでいてね」

無線から伝わってきたナタリの声は、ジュリオ以上に嬉しそうだった。続けて操縦桿を握っていたから、疲れていたのだろう。
心底呆れたジュリオは、今度はもう無線を探さなかった。
偵察機は次第に高度を落とし、失速し始める。陸地が大きく迫ってくるようだった。滑走路もジュリオから確認できるくらい近くなっていた。
車輪が走路につき、滑るように滑らかに進む。地面から受ける摩擦と風による抵抗により、偵察機は間もなく停止した。
周りには作業員含め任務の詳細を知るもの知らぬもの、皆が集まっていた。夕礼でもしていたのだろうか。それにしては時間が早い。

「——ふう」

唸るようなエンジン音も止み、普通に会話できるようになったようでナタリの息遣いが、若干ではあるが聞こえてきた。

「お疲れ様、ナタリ。僕もう疲れたよ」
「うん、お疲れジュリオ。私も疲れたわ」

シートベルトを外し、ナタリは外へ出た。ジュリオも後に続く。

「おいっ、あいつは誰だ?」「なんかあいつの耳、変じゃないか?」「まさかあれが……」
偵察機から出たジュリオを見た者が皆、口々に感想を言い合う。見た目が少々、自分たちとは違うのが不思議なのだろう。ある者はなにも気がつかず、ある者はナタリが重要な任務を成功させたのだと悟った。

「アンハーダー」

地に足を着けたナタリに、人垣を分けて歩み寄ってきた中年太りの禿頭が輝かしい男性が声をかけた。

「はっ? あ、ははは、はいっ! なんでしょうか上官!」
「例の″アレ″は連れ帰ってきたかね?」
「はっ! 彼が例の″新種と思しき生命体″でありますっ」

ジュリオ目掛けナタリ渾身の指差し。

「——ホウ。彼がその、新種と思しき生物か」
「はっ! わたくしが捕らえた第一発見生物ですっ」
「そんなことはどうでもよい。取り押さえろ」

禿頭のゴンザレス上官が命令を下した。言葉一つで下士官が取り押さえにかかる。

「えっ? ちょ、ちょっと! なにするんですかっ」

抵抗はするものの、その脆弱なジュリオの体から解かれる手などは見受けられなかった。
そして彼は連れて行かれる。網に絡め取られた四肢を押さえつけられた、これ以上ないほどの不恰好な姿のままで。

「ナタリ、ナタリッ」

彼女を呼ぶ声が、耳を突きぬけ右から左へと流される。
ナタリは聞こえないふりをしていた。

「上官」
「なんだね」
「わたくしに彼を連れてこさせて、どうしようとしておられるのですか?」

ふむ、とため息をつき、上官は頭ではなく誤ってアゴで成長を遂げた自慢の髭を一撫ですると、

「人種確認をした後、彼には人体実験の実験台となってもらう。またその後には解剖を行い、浮遊島の生態系を少しでも解き明かそうという目論みがされている」
「——え」

これはもしかして……俗に言う、残酷な運命というやつではないだろうか。
旅行気分で連れて行かれ、姉にも帰りを待たれる中での最終的運命は解剖。
これは酷すぎる。

「じょ、上官っ。わたくしはそのような任務内容は聞かされておりませんがっ」
「当り前だ。一介の飛空士ごときに教える必要もなかろう。それにこれは任務内容ではない。任務成功の後に行われること故、知らされいる方がおかしいだろう」
「そんな……っ」

ジュリオが人種確認をされた後、人体実験に回される。そして最後には解剖をされる。……ジュリオが、死ぬ。いや、殺されてしまう。
浅き仲と言えど親しんだ友人とも言えよう人が殺されるのは、人を殺すために空を飛ぶナタリでさえ辛く感じる。

「何の目的を持ってして人体実験や解剖などを?」

人種確認はしても構わない。そうは思える。だが、殺す必要まではない。
ジュリオの人種は、確かにナタリも気になっていたことだ。それが明かされるのはモヤモヤが解消されるのと同じこと程度に受け止められるのだが、最終死んでしまうという結末にさせるのはどうにも納得がいかない。

「どうしたのだアンハーダー。飛空士最高の冷酷と謳われたお前が、まさか彼に恋などという感情を……」
「上官、わたくしと彼は同性であります。ふざけるのはお止めください」
「オホン。すまない、アンハーダー。しかし、なぜ君はそんなにも彼を庇う?」
「庇うのではありません。わたくしは彼と友達になりました故、死なせるわけには行くまいと思って居るのです」
「……む、友達、とな。まあ生かすことは考えておこう。だが、彼はしばらくの間離さんよ」

ゴンザレスの鋭い視線がナタリへと突き刺さる。

「はっ!」
「うむ、行け」
「はっ!」

威勢だけはいい返事を返し、兵舎へと帰る。
ジュリオが死ぬことは、可能性としては低くなった。一先ずは安心だろう、多分。
残った姉クロレッタの為にも、ジュリオは生きて帰さなければとナタリは自分に言い聞かせた。