ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 自らを罪人と称する貴族と武士として生きる少女 ( No.1 )
日時: 2011/11/21 15:43
名前: 王翔 (ID: JYq9u7Yl)
参照: http://www5.hp-ez.com/hp/hugen/page1

プロローグ




 貴族の家に生まれた彼は、裕福な家庭であったからこそ忙しい親と話す機会など全くなくして親の愛もほとんど知らずに育つこととなった。それ故か、彼にとって親は恐怖の対象でしかなかった。礼儀、勉学を強要し近所の子供と同じように遊ぶことも許されなかったせいで不満ばかりが募り、普通の人間とは言い難い成長を遂げた。

 普通の人間というものを詳しく説明することなどできないが、彼が普通の人間ではないことは断言することができる決定的な事実であった。普通の人間ではないと言っても何も殺人を平気で起こしたり妙な薬に手を染めたというわけでもなく、危険思想者ということもなかった。いや、あるいは危険思想は持っていたかもしれなかった。

 彼は表向き、社交的で人を惹きつけるような存在だった。貴族に生まれただけあり、容姿はその辺りの男と比べて端整であった上、彼の最大の特徴がその巧みな話術だった。彼の話術は他の人間のものとは違い、人を惹きつける不思議な魅力を有していた。その容姿だけで十分に女を惹きつけるが、その魅力のある話術で男の友人をも多く獲得することに成功し、妬まれるという失態を犯したこともない。

 勉学にも長けており、社交性にも優れていただけあり、彼の親も厳しくも満足をしていた。貴族の親でなくともそうだが、優れた子を持つと親は満足するものだ。彼ほど優れた人間は探し回っても早々いないだろう。
 けれど彼は、ただ一度大きな失態を犯してしまう。

 親に薦められ、何度も様々な貴族の屋敷に招かれることがあった。貴族の娘と交流を持たせようということだったらしく行く先々で貴族の娘ばかりがいた。貴族の娘も例外ではなく彼に惹かれた。彼の家は貴族のなかでも特に高貴だったので他の貴族の娘も彼の妻になれば、さらなる高みを得ることができる。もちろん、頭の良い彼がそれを知らないはずはなくいつも嫌悪感を覚えた。自分が貴族でなければ、彼女らは見向きもしないのではないか。本当は自分のことなぞ何とも思ってないがさらなる上流の家系に入りたいがために自分が好きな振りをしているのではないか。そんなことばかりを考えてしまい、どの娘も愛することができなかった。

 しかし、何も一切恋心を抱かなかったわけではない。ただ一人、本当に愛した女性がいた。
 相手は自分に使える侍女であった。平民は貴族とは結婚できない。それが分かっていながら自分に想いを寄せてくれる彼女をとても愛しく想った。彼女ならば、たとえ自分が貴族でなくとも自分を愛してくれるに違いないと確信した。彼はとても頭が良いので彼の考えに狂いなど存在しない。

 だが、大きな問題があった。貴族と平民。主と侍女。これが二人の関係である。この二人の恋が許されるはずはなく最も愛しい女性と結ばれることができない──途方もない苦痛を覚えた。生まれ落ちて初めて心から愛した女性を簡単に諦めきれるはずもなく、ある決断をした。

 ────心中。

 彼は、彼女と共に命を絶つことに決めた。親に対しても他の者に対しても優れた人間を演じなければならないことも疲れきって上、愛する女性と結ばれることすらも叶わない。これだけの理由があれば、十分自らの命を絶つに足るのでないか。その心中の方法は二人揃ってある薬を大量に飲むことだった。間違いなく致死量の薬を飲み、命を絶つ。

 しかし、ここで彼は自分を罪人と称することになる大失態を犯してしまう。
 彼を想って何の迷いもない侍女。そして彼は、あろうことか直前になって死ぬのが恐くなったのだ。それ故に彼は薬を飲むことができなかった。だが、侍女は薬を飲み、命を絶った。自分だけが死ななかった。最後の最後に彼女を裏切ってしまった彼は自らを罪人とした。
 罪人────。