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Re: 小人ノ物語【第二章連載中です!】 ( No.30 )
日時: 2012/01/09 09:18
名前: 萌恵 ◆jAeEDo44vU (ID: amGdOjWy)

第二章 幼い頃の夢は叶ったけど【第四部】

 熱々のストレートティーを片手に、五人は今、ぽりぽりぽりぽりと小気味良い音を立てながら、瑠奈さんの特製クッキーを齧っていた。

 つい先ほど、「皆、クッキー焼けたわよ」と五人に声をかけた瑠奈さんは、星たちにクッキー——ほんの一〇センチメートルか一二センチメートルくらいにまで縮んでしまった星たちにも、普通に食べれるように解してあるクッキーだ——を差し入れしてくれた。
 実は、というか、どのドールハウスもこの様になっていると思うのだが、このドールハウスは、切り目の様なものを境に、ドールハウス自体を左右に開くことができ、中を除ける様になっている。しかし、どういう訳か、その切り目はリビングルームやキッチン等の部屋を通っていて、開く時は注意深く開けなければならないのである。
 瑠奈さんはその事を事前に弁えているので、五人にクッキーを届ける時、その可愛らしいドールハウスは非常にゆっくりと開かれた。

「ぽりぽり……ぽりぽり……」
 星たちが今、夢中で齧っているのは、その特製クッキーである。アイシングがされたクッキーはもう冷めきっていて、円や三角形や四角形等の様々な形があり、滑々の白い皿に盛られている。
 狐色のクッキーを齧りながら、誰に言われるまでもなく、ジュリアが話し出した。
「私たちがここに来たのはね、とある理由があったからなの……」
 まるで病気にかかったかのような、恍惚とした表情で話しだすので、今までクッキーを咀嚼していた全員がジュリアの声に耳を傾ける。ジュリアは、その反応に満足したかの様に微笑んでみせると、一呼吸置いてから再び口を開いた。

「私たちは、人間界で『幻の生物』と呼ばれる生き物が数多く住む世界、『名も無き世界』に住んでいるの。『名も無き世界』は、『世界の壁』というとてつもなく分厚い壁を通して、あなた達が住む人間界と共存しているのよ。この二つの世界は、普段は『世界の壁』のお陰で衝突したりしないで済むんだけど……。二つの世界には、一つずつ、お互いが連絡し合える方法があるの。まず、『名も無き世界』から。『名も無き世界』には私の仲間——妖精が沢山いるんだけど、その中から、たまぁに“能力者”ってのが生まれたりするのね。能力者は、表向きは普通の妖精と全然変わらないんだけど、実は、時々現れる『世界の壁』の脆い部分を探し出す事が出来るの。そして、その脆い部分を利用して、『世界の壁』のほんの一部を破壊することも。ほんの一部とは言っても、その威力は凄まじいんだけどね。……あッ、大丈夫よ。『世界の壁』の破壊された部分は、すぐに治るから。ちなみに、私は能力者よ。とある用事があって、この人間界に来たの。とある用事については、後で説明するわね。ンで、人間界の方はというと。人間界では、古くから妖しい一冊の書物が出回っていたの。その書物は古今東西、色んなところで読まれていたのよ。その書物は、小人通信の呪文について書かれているんだけどさぁ。あ、小人通信っていうのは、人間が私たちの仲間を呼び寄せて、会話することが出来るの。会話っていっても、ほぼテレビ電話みたいな感じだけど。『世界の壁』のせいで、直接話す事が出来ないのよ。……それで、たまぁに、それを悪用する奴が出てくるわけ。『妖精の姿を見たい!』とか、『小人になれる薬が、ひょっとしたらあるかも……』とか。本来はこの呪術、人間の大病を治したりする為に使われるのよ。何十年か前、賢者が大切に保管していたんだけど、そこから盗まれてからは、その書物を誰が保管していたのかも分からないの。私ね、この小人通信の呪文のせいで、馬鹿げた一人の人間の願いを聞くハメになっちゃったの。そいつの名前は——確か、デイジー・エアハントだったハズ。デイジーは成金の娘で、顔立ちは良いのに、その全てが豚みたいな鼻によって台無しになっているの。そのくせ、傲慢で我がままで。初めて私を見たとき、こう言ったわ。——ねぇ、小人になれる薬を頂戴!……って。初対面の相手に失礼じゃない!? でも、その子はその子で可哀想な子なのよ。父親からは、あり得ないくらい甘やかされているし。母親からは、ブスだからっていう理由で遠ざけられているらしいし。甘やかしてくる父親と、自分を嫌う母親、それに何処か余所余所しいメイドや執事に囲まれた生活はきっと窮屈だったのね。だから、小さな小人になって、ギスギスした生活から抜け出したい。だから、私を見るなり、そんな事を言い出したのかもしれないわ。私は、デイジーとの会話を終えると、早速、人間界へ行く為の準備に取り掛かった。人間なら小人に、小人なら人間になれる薬と、妹のソフィアを連れて。荷物はそれだけで良かったわ。今回の『世界の壁』で脆かったところは、危険な生き物が数多く住む海。その底よ。私は、自分の能力を使って、『世界の壁』に穴を開けた。目的地は勿論、デイジーのいるエアハント城。薬を届けるためにね。でも、ワープ中に、何らかの事故が起こって、間違えてここに来てしまったの。そして、あなたたちに姿を見られて、パニックになり……あの薬を、あなたたちに使ってしまったの。あなたたちが元の姿に戻るには、『名も無き世界』でも希少な植物の種を飲まなきゃ駄目なの。しかも、人間界にその植物は存在しない。……皆、どうする?」

 静かな声で淡々と語っていたジュリアは、目の前で紅茶を啜りながらクッキーを齧り続ける三人に問うた。
「ど、どうって……ジュリアがいう、『名も無き世界』に行くしかないんでしょう?」
 星が困惑顔で発言すると、隣で黙って聞いていた夕菜も頷き、おもむろに口を開く。
「行くしか……無いんだよね?」
 そんな二人からの問いに、ジュリアは静かに答えて見せた。
「行くしかないわね」