ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 小人ノ物語【目次更新!!】 ( No.4 )
- 日時: 2011/12/15 21:00
- 名前: 萌恵 ◆jAeEDo44vU (ID: amGdOjWy)
プロローグ 王女様の朝
その日の朝、城内はありえない程の喧騒に包まれていた。メイドや執事が忙しく廊下を通り過ぎ、焦ったように部屋を出入りする。あるところでは、執事が淹れ立ての紅茶を零し、メイドが急いで紅茶塗れの床を拭く。
そんな喧騒の中、台風の目は穏やかなのと同じように、騒ぎの中心人物——この城の主、アーノルド・エアハントの娘であるデイジー・エアハントは、自室で、自らの姿を金縁の全身鏡に映して、満足そうに微笑んでいた。
軽くウェーブがかったブロンドの髪に、白い肌。外に向かってピンと伸びている、長い睫毛。べったりと口紅が塗りたくられた、どっちかというと分厚い唇。濁った、汚い空色の瞳。そして、極めつけは——
豚にそっくりな、ぺちゃんこの鼻。
デイジー・エアハントの側近の一人が、本人から見えないよう、静かに笑いを堪えている。実はデイジーは、メイドや執事の間では「御豚姫」と呼ばれている。姫の姿を実際に見てみれば、誰もが「ああ、なるほど」と頷けることだろう。
「アレクサンドラー」
デイジーが、真っ赤な唇を尖らせて、側近のメイドの名を呼ぶ。
「おぶ……あ、いや、デイジー様。何でしょう」
綺麗な茶髪を凝ったシニヨンに結い上げた女性が、デイジーの視界の中に入っていく。デイジーは先程、シニヨンの女性——アレクサンドラの言いかけた言葉が気にかかったが、「まあ、良い」と呟いて、その場で一回転してみせた。
「アレクサンドラ……私は今、今日、自分が着るドレスを選んでいるのだが。アレクサンドラも、私と一緒に選んでくれないか」
「……! かしこまりました、デイジー様」
アレクサンドラは頷くと、デイジーの足元にぽんと置かれている可哀相なドレス達を見に、重い足を運んだ。
そう、デイジーは今、今日着るためのドレスを選んでいたのだ。しかし、どのドレスも、不細工なデイジーには合いそうもない。キラキラとした装飾や、フリル、レース、それにリボンで飾り立てられたものまであるのに、デイジーに似合うドレスは一つも無いのである。アレクサンドラは少し困った顔で、デイジーをちらりと見やった。
「あら、アレクサンドラ。どうしたの?」
アレクサンドラの視線に気づいたデイジーが、アレクサンドラに声をかける。
「あ、あぅ、すみませんッ」
アレクサンドラは緊張の籠もった声で答えると、手近なドレスをデイジーに見せた。
「これは……どうでしょうか」
それは鮮血のように紅い生地で作られた、随分と派手なドレスだった。デイジーはしばらく、そのドレスを気持ち悪いぐらいに凝視していた。アレクサンドラの背筋に、何か冷たいものが通り抜けていく。
「良いわね、これ。これを着るわ」
デイジーはそう言うと、アレクサンドラの手から、紅いドレスを引っ手繰り、「着替えるわ。待ってて頂戴」と言って、レースのカーテンの奥に消えていった。
——アレクサンドラの表情が、真夜中の空のように暗くなる。ついで、小さな口を開き、
「着替え何て、嘘……本当は、小人と連絡を取るために……」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で、小さく呟いた。