ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 黄泉への誘い 〜生きるのって、楽しい?〜 ( No.23 )
- 日時: 2012/02/06 19:38
- 名前: 九龍 ◆vBcX/EH4b2 (ID: LSK2TtjA)
第八話『死の希望』
——生きるのって、楽しい?
そんな風に聞かれたのは、初めてだった。
「あっは、何その顔! 鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔って、そういうのを言うんだよね」
波月さんは、腹を抱えて笑う。
滑稽なものを見ているみたいに。
俺がピエロかなんかみたいに。
げらげら、げらげら。
笑う、笑う。
「……ところで、答えは、いつ聞かせてくれる?」
波月さんは、ぽかんと口をあける俺に対し、そう聞いてくる。
俺は、はっとして、波月さんの肩に手を置いた。
「あの」
「なに?」
「楽しいって、どういうことですか?」
「そういうことだよ?」
波月さんは、俺の問いに首をかしげる。
「人ってね、生まれたくなければ、流産して終わりなんだよ。だから、生まれたいって思って生まれてくるの。がんばって。なのにね、人は命を粗末にするの。生きてるより、死を選ぶ人だっているの。ねぇ、何でだと思う?」
「なんで、って……」
笑いもせず、機械みたいに無表情な波月さん。
その問いに、俺は戸惑った。
なんでって、そんなの……。
「つらいから、でしょ?」
「ううん。死にたいから」
俺の考えを聞いて、波月さんはすぐにそれを否定する。
シンプルで、ハッキリした、それでいて馬鹿らしくなるような理由で。
「死にたい?」
「うん、死にたいの」
「なんで、です? 自分で願って生まれてきたのに」
「だってね。死ぬことには、生きてるのとおんなじくらいの希望があるんだもん」
波月さんは、優しく微笑んで、俺の問いに答える。
俺は、屋上の冷たい床に手を突き、少しずつ後ずさる。
不気味だ。
死に希望があるなんて、いえる彼女が。
生きてるのが楽しいかなんて、聞いてくる彼女が。
それでも、俺を惹きつける彼女が。
波月さんは、後ずさる俺を見て、悲しそうに首をかしげる。
でも、言葉だけは、とどめなくあふれてくるらしい。
波月さんの口が、呪文でも唱えているかのように、早く動いている。
「生きてるだけは、楽しくない。人間、死ねるから生きてるの。生きてるだけだったら、終わりがない。終わりがないなら、達成感もない。死ぬのが痛いから生きてるだけで、もし人間が不死だったら、きっと多くの人は死を選ぶと思うの」
「やめて、くださいよ」
喉の奥から、声を絞り出した。
弱弱しい、かすれた声。
これ以上、俺を混乱させないで。
これ以上、俺をおびえさせないで。
これ以上、俺の頭の中を独占しないで。
「……やめてほしいなら、やめる。答えを返すのは、いつでもいいし」
波月さんは、俺の言葉を聞き、肩をすくめ、屋上から出て行った。
俺はただ、小刻みに震えながら、波月さんの後姿を見つめていた。
答えを、返さなければ、ならないのか?
あの、恐ろしい質問へ。