ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 願い 〜叶える物と壊す者〜 ( No.12 )
日時: 2011/12/27 14:38
名前: コーダ ◆ZLWwICzw7g (ID: H42bpFfN)

 中心がポッカリと開いたドーナツのようなお菓子。バウムクーヘン。
 木の年輪を連想させるように、何層もの生地が周囲に張り付いている。
 彼女はフォークで上品に、それを口に運ぶ。
 しっとりとした感触と砂糖の甘さが口いっぱいに広がり、至福の瞬間。
 傍に置いてある紅茶を飲み、口の中をさっぱりさせる。
 これを何度も繰り返す。彼女はお菓子を口へ運ぶたびに尻尾を動かし、嬉しそうな表情を浮かべる。
 一目見ただけで、かなり幸せそうな雰囲気。

「——その様子だと、朝食はいらないな」

 その雰囲気をぶち壊すかのように、つんとした声が響き渡る。
 バウムクーヘンを食べていた彼女は、声が聞こえた方向へ顔を振り向かせ、

「ひゃっときまひたわね!ふー!」

 何を言っているのか全く分からない。
 彼女は口いっぱいにバウムクーヘンを含みながら、言葉を飛ばす。
 つんとした声を出した女性は、浅い溜息を浮かべる。

「嬢様。下品だ」

 この言葉に、嬢様と呼ばれた女性は口の中のバウムクーヘンを飲み込む。
 どうやら、先程カーテンを開けていたウルードのメイドが仕事を終えてキッチンへやってきたようである。

「バウムクーヘンは美味しいですわね。つい、頬張ってしまいましたわ」

 メイドに頬張っていろと言われて、本当に頬張っていた彼女。
 可愛らしい容姿に似合わず、かなりいやしかった。

「確か、バウムクーヘンは四分の三くらいあったはずだ。なぜ、今それがない?」
「ごちそうさまでしたわ」

 カップの紅茶を飲み干し、彼女は幸せそうな表情で言葉を飛ばす。

 ——————どうやら、バウムクーヘンは全て女性の胃袋の中へ入ったらしい。
 メイドは尻尾を大きく振り、今度は深い溜息を浮かべる。

「はぁ、後で食べようと思っていたのだがな……」
「また買ってくればよろしいですわ。さぁ、朝食の準備を」
「まだ食べるのか、この嬢様は」
「当然ですわ。わたくしは食べ盛りですことよ」

 大量のバウムクーヘンを食べたのに、今度は朝食を催促する彼女。
 どうやら、ご飯は別腹らしい。

 だが、ドラーペシュ族は他の種族よりカロリーの消費が激しい。これくらい食べても、むしろ痩せていく。
 その理由として、黒い尻尾と黒い翼を動かすエネルギーが必要だから。
 実は、ドラーペシュ族の翼は飛ぼうと思えば飛べる。もちろん、飛んだ分だけカロリーが大量に消費する。
 彼女みたいに、恵まれた環境でご飯を食べるなら良いが、一般市民は飛べるだけ食べ物を食べることはできない。
 ある意味、宝の持ち腐れである。
 白狼のメイドは、2つの耳をピクピク動かしながら朝食を作り始める。

「そういえば、フェーンはまだ寝ているのですこと?」
「さっき部屋を見に行ったが、呑気に本を読んでいた」

 朝食を作りながら、メイドは女性に言葉を飛ばす。
 むっとした表情を浮かべ、彼女は尻尾を激しく揺らしていた。

「朝食は皆で食べることを忘れているのかしら」
「どうせギリギリになったら来る。来なかったら連れ出すまでだ」

 何度も思うが、やはりこの白狼のメイドは口調が乱暴である。
 だが、メイドとしての家事は完璧にこなしている(乱暴だが)ので、一応問題はない。
 その証拠に、朝食を乱暴かつ器用に作っている。
 唯一困るのは来客の接待のみ。これだけは違う人に頼まないといけない。
 先程、彼女が朝食を皆で食べると呟いていたが、実際この広い洋館には3人しか住んでいない。
 2人は今キッチンに居る女性。そして、残った1人はフェーンと呼ばれた人。

 ——————この広い洋館の掃除をするメイドは、やはりすごかった。

「そういえば嬢様。今日は出かけだったな」
「ええ、そうですわね」

 メイドは出来たてのスクランブルエッグを、3枚の皿の上に乗せながら言葉を飛ばす。
 どうやら、今日はお出かけの日らしい。

「まぁ、出かけと言っても買い物だけだがな」
「買い物でも十分お出かけですわ」

 オーブンから3枚のトーストを取りだし、先程スクランブルエッグを乗せた皿へ乗せるメイド。
 ついでに、ベーコンとレタスも付け合わせと乗せる。
 ドラーペシュの女性は、足を揺らしながら明るい表情を浮かべる。

「——おや、丁度良いタイミングですね」

 ふと、どこからともかく誰かの声が響き渡る。
 2人は声の聞こえた方向へ首を振り向かせ、

「フェーン。遅いですわ」
「遅いぞ、フェーン様」

 やや怒鳴ったような口調で、2人はフェーンという人へ言葉を飛ばす。

「少し本に夢中になっていました」

 尻尾を振りながら、2人へ遅れた理由を呟く男。

 頭の上にはふさふさした2つの耳と1本の尻尾が生えているところを見ると、彼はウルード族だというのが分かる。
 灰色の髪の毛は首くらいまでの長さがあり、前髪は目にけっこうかかっていた。
 瞳は青緑色をしていて、目が悪いのかメガネをかけていた。
 黒いスーツの上に、科学者みたいな白いコートを着用しており、血の気の多いウルード族にしてはかなり珍しい格好である。
 これで、ようやく洋館の住民が揃った。

「さて、朝食が出来たぞ」

 キッチンの近くにあるテーブルとイスに作った朝食を乗せるウルードのメイド——————フレーリンクス=ケルベール。

「紅茶はセルフサービスですわ。当然、ニルギリですことよ」

 幸せそうな表情を浮かべ、朝食を見つめるドラーペシュの女性——————プリファーナ=カータナ。

「いただきます」

 手を合わせて、礼儀正しく食事前の挨拶を呟くウルードの男性——————フェーン=クロワード。
 この3人は、とても深い絆で結ばれている。

「嬢様。さっきバウムクーヘンを頬張っていたのに、その食欲はどこから沸いてくる?」
「おや、昨日買ってきたバウムクーヘンが見当たらないと思ったら、プリファーナさんが全部食べたのですね」
「フェーン、フー。もうバウムクーヘンのことは忘れるのですことよ!」

 プリファーナは顔を赤面させながら、トーストにかぶりつく。
 よほど、バウムクーヘンを引きずる2人である。

「甘い物が好きで何を恥ずかしがっているのでしょうか?女性として当然だと思いますよね?フーさん」
「フェーン様。フーと呼んでいいのは嬢様だけだ。今度言ってみろ、その口2度と開かないようにしてやる」
「はは、冗談ですよ。冗談」

 尻尾を激しく振りながら、フェーンはフーへ言葉を飛ばす。
 余裕な表情と焦った尻尾を見つめていたプリファーナは、くすりと笑う。
 だが、彼女のことをフーと呼びたくなるのは普通である。略さなければ、フレーリンクスでやけに長いからだ。

「ですが、フーの名前は長いですことよ?フェーンも略したくなるのは当然だと思いますわ」
「なら、ケルベールで良いだろ?」

 余程、フーと呼ばれたくない彼女だった。フェーンは右手でメガネを調整して、

「分かりました。ケルベールさん」

 仕方なく、彼女のラストネームで呼ぶ。
 プリファーナはこの光景を、少し不満そうに見ていた。