ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 願い 〜叶える物と壊す者〜 ( No.5 )
日時: 2011/12/23 19:10
名前: コーダ ◆ZLWwICzw7g (ID: f/UYm5/w)

 日が沈みはじめ、空は茜色に染まっていた。
 プリファーナは日傘をフェーンに預け、両手に袋を持ちながら鼻歌を歌っていた。
 とてもご機嫌な様子。しかし、傍に居た彼は彼女と全く逆な表情を浮かべる。

「はぁ……今月は懐が寂しいですね」

 スーツの裏ポケットから、財布を取り出し一言呟く。

「フェーンがわたくしを置いて行くからですわよ?自業自得ですわ」

 どうやら、プリファーナのご機嫌を取り戻すためにフェーンはなけなしのお金でリボンを買えるだけ買ったのだ。
 彼女が両手に持っている袋の中には大量のリボン。2つくらい入らなかったので、それは鞘と尻尾に結んでいた。
 ただでさえ、魅力的な容姿をしているプリファーナに2つのリボンが加わるだけで、一層魅力的に見える。
 フェーンは彼女の嬉しそうに振る尻尾を見つめ、いろいろな気持ちがこもった溜息をする。

「所で、なぜわたくしの元から離れてあの男の元へ行ったのですこと?」

 彼女の何気ない質問に、フェーンは2つの耳を動かし渋い表情を浮かべる。

「いえ、気になることがありまして……正直、ここでは言いにくい内容です」

 彼の言葉を聞いた瞬間、プリファーナの表情もどこか真剣そのものになる。

「そう……分かりましたわ。洋館へ戻ったらディナーと一緒にゆっくり聞きますの」

 先まで嬉しそうに振っていた尻尾が、途端に静かになる。
 ウルード族とドラーペシュ族の尻尾は、本人の気持ちを強く表す部分である。
 つまり、尻尾が全く動かないのは本人がとても真剣な気持ちであることを示す。
 洋館に帰るまで、2人の尻尾は一寸たりとも動くことはなかった——————


            ○


 快晴の夜空。洋館の窓からは月の光が差し込む。
 朝と同じく、キッチンでディナーを楽しむプリファーナとフェーン。
 ディナーはコース料理みたく、最初は野菜から始まり最後はデザートで終わる形式である。

「次は魚料理のポアソンだが、腹の調子は良いか?」

 2人へ声をかけてきたのは、白狼(はくろう)の女性メイドだった。
 彼女の言葉に、プリファーナは問題ないとアイコンタクトをする。

「では、今から持ってくる。少し待っていろ」

 長い白髪を揺らしながら、白狼のメイドはポアソンを持ってくるためにこの場を後にする。

「さて、フェーン?今日のお昼の件ですが?」

 プリファーナは上目づかいで、フェーンへ今日の昼の件について尋ねる。
 右手でメガネを調整し、彼はゆっくりと口を開く。

「はい。今日の昼、公園でたくさんの女性に囲まれていた男性はハーエル=ロストーニ……本人も、あの出来事には驚いていました」
「驚いていた?それは、どういうことですの?」

 彼女の黒い尻尾が激しく動く。よほど興味があったのだろう。
 フェーンは喉を鳴らし、少し声のトーンを落として、

「突然……たくさんの女性に囲まれていたのですよ。本人は、何もしていないと言っていました」
「……突然ですか」

 突然というキーワードに、プリファーナは目を閉ざす。
 フェーンは彼女が落ち着いて考えられるように、しばらく無言を貫く。

「思い当たる節はありますの。ですが、断言はできませんわ」

 1分くらい経ち、プリファーナは瞳を開けて小さく言葉を呟く。
 すると、フェーンは2つの耳を動かして、

「では、最大のヒントを差し上げましょう。ハーエル=ロストーニは、ラージエルなのに頭の上にわっかがないからモテなくなったと言っていました。そして、彼の願いはモテること……さぁ、これでどうでしょうか?」

 この言葉の後、プリファーナは何かを確信したように目を限界まで開く。
 黒い翼を動かし、ある言葉を漏らす。

「——クリスタル」
「ご名答です」

 フェーンは薄く笑い、彼女へ言葉を飛ばす。

 クリスタル。
 この世界には至る所にクリスタルが眠っている。地面の中、水の中、木の中——————
 そして、クリスタルにはさまざまな効果がある。だが、基本的にクリスタルは何かが起こらないと効果は発動しない。
 その何かは思いである。思いを感じ取り、クリスタルは思いを願いに変えると言われる。
 願いをかなえたクリスタル。つまりそれがクリスタルの効果である。
 ただ、これにはいささか問題がありどんな願いでも叶えてしまうのだ。
 つまり、この世をなくしたいという願いすらも叶えてしまう。
 これを阻止するには、クリスタルの破壊しかない。だが、先も説明した通りどこにあるか分からない。
 そもそも、なぜクリスタルが生まれるのかは科学的に判明していない。

 ——————プリファーナとフェーンは、そんなクリスタルの破壊を行う人たちだった。
 この世の秩序を守るために作られた極秘組織。一般人は、存在すら知らない。
 表の顔は洋館に住むただのドラーペシュ。だが、裏の顔はクリスタルを破壊するドラーペシュ。
 プリファーナが刀を持っているのはそのためである。フェーンは彼女の助手みたいな存在。

「面倒なことになりましたわね」

 プリファーナは思わず嘆息する。そんな彼女を優しく見つめるフェーン。

「しかし、あの程度なら放っておいても問題はないと思いますがね。こちらから彼の幸せを壊すことはしたくないですし」

 願いの物によっては、放っておいた方が本人の幸せに繋がることがある。
 だから、安易に破壊はできなかった。

「ですが、万が一ということもありますわよ?女の嫉妬は、1番怖いですことよ?」

 この台詞に、フェーンは表情を崩す。
 確かにあれほど大量の女性が居れば、ハーエルの取り合いはとんでもないことになる。
 そして、その取り合いに負けた女性は嫉妬する。
 嫉妬から生まれる恨み——————その後の展開が、すぐに想像できた。

「前言撤回します。一刻も早く、クリスタルを破壊しましょう」
「言われなくても、そうしますわ」

 彼女の表情は、正しくクリスタルを破壊する仕事人に見えた。
 昼間の優雅な性格とは180度くらい違う雰囲気。 フェーンもその雰囲気を察し、制服の裏ポケットから手帳を取り出し、

「では、今から30分後に公園へ行きましょう。仕事内容はクリスタルの発見と場合によっては破壊。以上でよろしいでしょうか?」
「問題ありませんわ。予定外の出来事が起きたら、臨機応変に行きますことよ」

 2人はお互いを見つめながら大きく頷く。
 そして、イスから立ち上がりこの場を後にしようとする——————

「なんだ、まだ食事中だぞ?嬢様、フェーン様」

 先程の白狼メイドが、ロブスターのボイルを持ちながら2人へ言葉を飛ばす。
 言葉使いは悪いが、一応人の名前の後に様をつけることができるようだ。
 なぜ、お嬢様ではなく嬢様なのかは深く突っ込んではいけない。

「フー、わたくしたちは急用ができましたの。申し訳ございませんが、食事はこれで終わりにしますわ」

 フーと呼ばれた白狼メイドは、プリファーナの目を見つめこの言葉の意味を察する。
 そして、彼女は鼻で笑い、

「ふんっ、分かった。せいぜい気をつけて行って来い。後、作ったディナーは明日の朝に出すから覚悟しておけ」

 乱暴な言い方だったが、彼女なりにプリファーナを心配する言葉である。
 フェーンは薄く笑いながら、フーへ言葉を漏らす。

「脅しにしか聞こえませんね。フーさん」
「黙れ、言っておくが嬢様に何かあったらフェーン様だろうとぶち殺すからな。後、フーと呼んで良いのは嬢様だけだ」

 ドスの効いた声とジト目でフェーンへ言葉を飛ばすフー。
 とても冗談とは思えない雰囲気に、彼は右手でメガネを上げ、

「冗談ですよ、冗談。ノリで言ってみただけです」

 表情は笑っていたが、尻尾は挙動不審に動いているところを見ると、かなり焦っていたフェーン。
 プリファーナはそんな尻尾を見て、鼻で笑う。