ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Magicians' War ( No.10 )
日時: 2012/01/10 15:46
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: syXU4e13)


 コンコンとドアをノックする音が聞こえた。どうやらシワスが来たようだと生徒一同は黙り込んだ。もうホームルームは終わっているから口を閉じる必要はないが、反射的にそうしてしまうのが焼きついていた。だからその慣れには逆らわずに黙りこむ。入って来ると同時にシワスは生徒十一人に話しかけた。

「もうウヅキから話を聞いたようだな。任務だ。今からお前たちは十一人でパルトクライムまで行ってくれ」
「でも先生、そんな大人数で行ったら目立つんじゃねえの? あんま大っきい集団だったらすぐ見つかっちまうと思うんだけど」

 初めて依頼以外の仕事、要するに任務が来たので、あまり詳しい事は言えないのだがそれでも大人数で動くのはリスクが高いことぐらいは承知していた。こういう言い出しにくい事を躊躇わずに言うのは毎度毎度限ってカンナヅキだ。相手が誰でも躊躇はせずに言うべき事は言い放つ。

「確かに向こうの首都の近くだから慎重にしたいのも分かるが、其処には龍人がいるという噂だからな。人員は多くないと苦戦するどころか、負けるかもしれん。そういう訳だ」
「それもそうかぁ……どうやって侵入しようか?」

 シワスの説明に納得したのかカンナヅキは口を閉じた。そのような理由があるのならば逆らえない。確かに自分一人では龍人に勝てるかは怪しいのだ。もはや生物としてのスペックが違うのだ、人と龍人では。
 人にできない事でも龍人は当然のようにあっさりとやってのける。だからこそクラス一丸となってかからないと相当苦戦する。
 訊きたいことの無くなったカンナヅキに代わってヤヨイが独り言を呟こうとしたのだろうが、少し頭の螺子が緩んでいるような性格なのでその声は相当大きかった。自問自答の自問の部分のはずなのに他の人に訊いているようだった。

「そうですね、やはり姿を隠して行きましょうか。あそこは北側の森から回り込んだなら相当ばれにくいでしょう」
「うーん、でもさ小説とかならやっぱり変装だよね」

 そう何か半分冗談のようにヤヨイが言い放ったセリフにムツキは目を覚ました。自分で何とかできるのになぜ姿を隠して遠回りするような提案をしたのかが謎だ。ムツキの力を使えば、潜入捜査などお手の物だというのにだ。
 時折、本人は無意識なのだがヤヨイは鋭い一言で皆に提案する。何度も繰り返し言うが、本人にとっては意識の外で、今みたいにフィクションを冷やかすような感じで言うのだが、それが最も適したヒントになることは今までもたびたびあった。

「そうだ、それで行きましょう」

 ナガツキもどう潜入するかの最適案が思い浮かんだ。やはりその方法はムツキが関与する。他のクラスならば確実に取ることのできない方法だ。周りを見渡すとキサラギからシモツキまでの面々も大体察しているようだ。サツキは唯一感情が読み取れないが、昨日あの後に一人一人の固有魔法の説明をしたから分かっているだろう。
 その方法を実行するためにムツキは教室の中のシワスを除く十人を自分を取り囲むように立たせた。そうでないと効果範囲に全員が入らない。

「では、始めますよ……」

 ムツキは人差し指と中指だけをぴったりとくっつけたまま伸ばして他の指を全て折りたたんだ。途端にボウッと白くて淡い光がその伸びている二本の指の先端から発せられる。ゆっくりとムツキは空気中に星を描き始めた。その光を発する源はもちろんのごとく魔力。それは指でたどられた軌跡を残すようにその場に留まるようにして空気中の絵を描くインクとなった。
 そして彼の固有魔法の詠唱が始まった。彼の詠唱は相当に長い。久々だと思いながら彼らはギャラリーのように黙り込んだ。

「鏡面に映る己の姿。眼球に映る他人の容姿。隣の芝ほど青く見え、他人の容姿ほど美しく見える。自我を見下し他者を羨むなど、万死に値する大厄なり。だが切望するその志を私は否定しない。そう、願望は人として生きる始まりだった……固有魔法“ディザイア”」






                             ◆◇◆




 ノロジーという国の首都、グランデンバイナ。そのすぐ隣に位置する近郊都市パルトクライム、その中心に位置し町を護っているのがレーウィン要塞。その最も高い階層の部屋で、一つの影が画面に向かっていた。画面の向こうに映るのは彼が今いる要塞の入り口だ。数名のノロジー国軍の下士官がそこに立っていた。上からの指示は降りていないがきっと機密文書を護るための増援だろう。
 赤茶色の硬い鱗を蛍光灯の光を反射させて光らせながら、その鱗に覆われた手で手元のスイッチを二つ押した。一方はそのテレビのような装置の電源を切るための、もう一つは要塞の入り口を開くための。

「全く、この機密文書誰宛てか書いてないな。たまに上も面倒なことをするな。ヒトの名前など俺には覚えられないと言ったはずなのに」

 まるで人間を下等に見ているかのようにふてぶてしくその男は呟いた。その出で立ちはどうみても龍を人間のように作り替えた生物だった。これが龍人。

「で……これは誰に渡せばいいのか? ディス……いや、でぃ、でぃ……ディッセン、じゃなくて……」

 そんな事はもう良いかと彼は息を吐いた。上からの指示はこれを死ぬまでジェスターの者には奪われないように護っていろとのことだ。ならば絶対に取られないように闘えばいいだけと結論に至った。

「増援なんて要らないが、できるだけ長く持っておけというなら万全の状態にしておいた方が良いだろう。この仕事をこなせばもう一つ階級が上がるだろう。その時だ人間など俺の前では屑同然と宣戦布告するのはな」

 この男、自らの権力を高めてその力を誇示して見せつけて得意げになりたいただの野心家。そのためならば喜んでどんなミッションだってこなしてきた。今まで何人のジェスター国民を手にかけただろうか、最初の方、良心が残っていたころは胸を痛めた。だが戦争なんてこんなもんだと気づいてからは気分はスッとした。その後に野心という感情が芽生えたのだ。
 今日は何だか激戦の予感がする。増援なんてくるぐらいだ。上も何か動きを察しているのだろうか。龍の血が少しずつ興奮して騒ぎだす。強者との闘いを切望し、求めている。

「さあ、今宵は楽しい宴になりそうだ」