ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Magicians' War——2/18最新話です—— ( No.23 )
- 日時: 2012/02/25 13:53
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: gWvD8deM)
「しかしナガツキの刹那を喰らったはずだが……コクビャクという者は耐えられるのであろうか……」
「フミツキ、どうしたんですか?」
「いや、ナガツキは刹那の時点で我の虚空よりも遥かに威力を上回る。多少のヴァンパイアレディでは耐えきることなど叶わぬ筈なのだが……」
「なるほどね。でもさ、もう一階層下に行ってたら、どうするの?」
「シモツキ……当たりのようです」
少しずつ減速し、ムツキはその足を止める。そして二人を制するようにして二人もそこで止まらせる。何かしらが羽ばたく音が、彼の耳に届いたのだ。目の前の突き当たりの分かれ道、それの左側から。
しかも羽ばたきが聞こえるどころか、下級モンスターとは思えない強力な魔力も肌を伝わってくる。この程度の腕前があれば部隊長を名乗ることぐらいはできるだろう。無意識状態で感知可能な魔力は決して少なくない。
所々に火傷の痕の残る、コウモリのような羽を生やした妖艶な女性が通路から現れた。彼女を視界に収めた三人は息を呑み、戦慄を覚える。対する彼女は疲労が少々溜まっているようで、反応が少し遅れていた。
これは好機ではないかと考えたフミツキは胸元に手を入れ、胸ポケットから一枚のお札を取り出す。
「どうやらご登場の如し。それならば戦場、慈悲も情けも無用。ファイスト」
炎の獣<ビースト>故にファイスト、何か媒介となるものの周りに炎魔力をコーティングし、燃え盛る獣を召喚する。ただしそれは別に意志のある本物の獣ではなく、術者が操縦する必要がある。ラジコンのようなものだ。
ただし、炎にまつわることでフミツキに任せるというのであればほとんど心配はいらない。炎だけに関してはフミツキは、ジェスターの中でも最高クラスと言っても過言ではない。灼熱の炎すら燃やしつくすようなその威力から、ついた戦場の異名は地獄の業火。
そんな彼にとってはもはや火を操作することなど手足を動かすことと等しい。過酷な戦闘を強いられながらでもファイストの一匹やに引きあっさりと操縦が可能。
今さらながら三人の姿を捉えたコクビャクらしき吸血鬼はと言うと、急に血相を変えて狂いだす。それこそ鬼のような形相で発狂し始めたその姿に一同は軽く慄く。
それとは引き換え、感情を持たない業火の身体を持った獣は地を蹴って突き進む。臆している暇は無いと自分を叱咤させたフミツキはファイストに支持を出す。
「咆哮……!」
突如、その猛獣の口が開き、波動状の炎波が飛んでいく。幾層も放たれた放射状の熱線は回避不可能。確実に捉えた、そう思った。
しかしそれはコクビャクを捉えることはできなかった。確かに回避不能の一撃だ。防御も並の者なら不可能だろう。ただし仮にも敵国の部隊長、その程度防ぎきる術はある。いつ出来たか分からないが彼女の腕についた切り傷から血が迸る。次の瞬間闇魔力を込められた血液は強固な盾となり、コクビャクの身を守った。
球体状の防御膜に、眉間にしわを寄せる。血液を操る種族だということが意識から抜けていた。そのためあっさり防がれてしまった。
「あんた達……さっきのの仲間ね。今非常に機嫌が悪いの……死んでくれないかしら?」
「それは無理な相談だな。我はナガツキにこの役目を一任されたのだ。親友の頼みぐらいは聞き届けるのが世の理ではないか?」
「話し方鬱陶しいわよ、あなた。変な子ね」
「それが些少問題になった覚えは無いのだがな」
「ふふ、その余裕が問題になったことはあるかしら?」
「別に過去には無かったが、貴殿にはあるのか? 今の貴殿は余裕からの油断がある」
その瞬間にクスクスと女性は笑い始める。最初の方は逆に口論でやり込められた自分に対する戒めの嘲笑だった。ただし、途中からの嗤いは、明らかにフミツキに向いていた。
「忠告ありがとうね! そして私には無いわよ。あなたは死ぬ前の今、ここで起きるのよ」
ここで、目の前の畜生の表情は、ついに笑いとも嗤いともかけ離れた、歪んだ表情になった。締まりなく上がりきった唇の端は今にも耳に迫りそうで、美しく整っていた顔は憎悪で歪む。
「…………固有魔法……」
「させないわよ! ホーミング・グラビトン(追尾重力波)」
フミツキが次の一手を繰り出そうとするよりも前にコクビャクは自身の技を発動させる。重力操作魔法、それは本来ヴァンパイアレディには到底たどり着くことのできない筈。個体としての強さなど関係無い、それなのになぜこのような極大なスキルを発動可能なのか。驚愕の色を露わにしたフミツキやムツキに対してコクビャクは得意げに叫ぶ。
「私はね、ただのヴァンパイアじゃ、ない! グランピアって知ってるかしら? あなた方お得意の魔法、サモンでのみ呼び出せる向こう側の魔獣。そのグランピアは強力な重力魔法の使い手……私にはね、その種族の血が半分流れてるのよ!」
フミツキが上空から一直線に下りてくる波動を回避するために一歩飛び退くと追尾するようにして波動も移動する。絶対に逃がさないとでも言いたいのか、どのように逃げても追ってくる。
技の名前を思い出す。ホーミングと付いていたのだ、追われて当然だ。苦痛と悔しさから表情を崩した彼を冷淡に見つめるコクビャクの目にはもう一歳の躊躇いも慢心も、苛立ちも無かった。唯一感じているのは自分に課せられた使命感。
これで勝利だと、出力を最大限に高めた瞬間に完全に三人は押しつぶされた。残酷な映像を残すことなく下の階層まで一気に突き抜ける。嫌な映像を見ずに済んだと彼女は安堵しただろう、もしも彼女が、フミツキが死ぬであろう一歩前の瞬間に、得意げな顔をしていなかったら。
「いや、考えすぎ……なのか?」
それは別に彼女の考えすぎなどでは、決してなかった。すぐに聞こえてきたフミツキの声が。感じられた、彼の魔力が。
「ファイルを立方体状に設置……」
突然、コクビャクの周りを小部屋で取り囲むように六枚の炎の壁が現れる。完全に包囲された彼女はもうすでに身動きが取れない。
「ヤバい……この流れは……」
「術後展開魔法、フレイムキャノン」
六包囲から火炎の大砲が炸裂する。薄れゆく意識の中、コクビャクはもう一度自分に嘲笑した。やっぱり、油断などするものではないと。
その後の景色を目に収めることなく三人はその場を後にする。魔力反応は消えた。おそらくもう死んでしまっただろう。鍵ごとやってしまったのは短慮だったと思ったがまだ部隊長は二人いる。
種明かしをするとしたら、これはフミツキの固有魔法、ミラージュ(蜃気楼の幻影)の効果だ。ミラージュの効果、それは辺りに有色の霧を張り巡らせて幻を見せること。そしてそれは、蜃気楼の如くあっさりと消えて行く。
「すまないな。我はウヅキほど温くないのでな」