ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Magicians' War——3/8最新話です—— ( No.26 )
- 日時: 2012/03/14 17:11
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: Uo0cT3TP)
「……何じゃ、この感覚は……?」
「どうだ? 軽く身の毛がよだつだろう? 俺だって慣れちゃいないさ、この感覚は」
部屋中びっしりと立ち込めた魔力に、思わず背筋に悪寒が走る。それは、ナガツキ一人だけの話でも、敵対しているリュウヒの話でも無い。この部屋、もしくはこのフロアにいる全員だろう。可能性として上げるならば上下の階層にも届いているだろう。莫大な量の、光と闇の混合属性は、辺りの人に不快さを与えるものらしく、カンナヅキを筆頭とする仲間の四人も冷や汗を流している。それどころか、恐怖からくる寒気に思わず体を震わせてしまうほどに。
それにしても、常日頃から溜めていたとはいえ、どれほどの力をちっぽけなブローチに込めたのだろうかとリュウヒは危惧する。こんなものは一朝一夕で錬成できる量を遥かに上回っているからだ。最低でも一週間、能率の悪さによっては一年やそこいら。本当に、一日にちょっとだけ込めていたらやはり年単位の時間を必要とするだろう。
「して、その魔力には何の意味がある? 聞いておるぞ、その二属性の扱いにくさは。意のままに御することなど到底適わぬだろう。その上その多さでは、味方すらも巻き込むんじゃないか?」
「うるせえよ。使える者にしか分からない工夫があるんだよ」
実は、二属性を混ぜる方法によっては、コントロールすることは容易い。まず、コントロールしづらいタイプは、普通に錬成するタイプだ。同量の光を闇に溶け込ませる。すると、威力は凄まじいが小回りの利かない大雑把で煩雑なものとなる。次に、多量の光に段々と闇を乗せていくパターンでは、造形能力が増す。天井を撃ち抜いた鳥型の魔法や、リュウヒに向かった射た矢が例に上がる。そして、未だに実戦では使った試しはないが、闇属性に少しずつ光を上乗せする場合だと、制御が用意となる。
どうしてそのようなことが起きるかは、まだ解明されていないが、仮説ならば立っている。万物の形とは、光を持ってようやく知ることができる。色彩を決定するのも光だ。そして、闇属性魔法とは、確かに攻撃力も高いが、本来の使用目的は、相手の意識を混濁させることだ。刹那などの、意識を奪い、強制的に気絶させるようなものがサンプルとして挙げられる。意志や意識を司る属性、よって、己の意思どおりに扱いやすいのだ。
「フム……それは修行の賜物か。文書を読んで見つけた訳でもあるまい」
「そりゃそうさ。かつての使い手は戦場に引っ張りだこだぜ? 俺が普段のんびりしてるのは信じられないくらいさ」
「貴様の私生活など、儂の知るところではない」
「あんたその言葉気に入ってんの? 自分の知った事じゃあない、ってさ」
「訊いたところで、意味があるのか?」
「無いね。じゃあ、俺の持つ希望、そろそろ喰らってもらうか?」
巨大な蛇が地面を這いずるような、薄気味悪い重低音が響く。魔力が空気を揺らして鳴動音を上げるのを聴くような日が来るとは、彼は今まで想像もしていなかった。それゆえに彼は、すぐさまこの状況に危機感を覚える。自分の持つあらゆる手段で、どう挑もうと目の前の青年には決して敵わないと。齢百はとうの昔に越えているのに、まだ二重にも達していない魔術師に敗北する時が来るとは、彼は予想だにしなかった。よって、この状況に陥り、彼の持ち合わせる選択は二つ。戦死するか、尻尾を巻いておめおめと逃げ帰るか。
この場合、彼は後者を選んだ。何も一々この場で命を落とす必要性も無い。ノロジーという大国に、従う必要性も彼にはない。ならば翼を広げて逃げるだけだと、思い立つ。しかしこのまま目の前の連中が逃がしてくれるとは、到底思えなかった。
交換条件は無いものかと、必死に考察する。彼らの目的は、彼の上司であり、息子である男から機密文書を奪取することであろう。それが分かっているならば話は簡単だ。上にいくための鍵でも渡せば良い。
「小童、鍵ならくれてやる。見逃せ。儂は貴様に勝てる気はせぬ」
「なっ……正気かよ?」
「死ぬ気は無い」
「なるほどな、さっさと鍵を渡しな」
ナガツキがそう言うと、彼は翼を羽ばたかせた。勿論逃走用にだ。そのまま鍵を地面に投げ捨てるや否や、自前の腕力で壁に穴を開ける。真っ赤な鱗に包まれた体で、さっさと要塞から離れて行ってしまった。この光景に五人はあっけらかんとしている。ここまで恥を捨てた逃走は、かつて見たことは無かった。
予想外の展開に絶句した面々だが、急に我に帰る。キーを手に入れた報告を皆にしなければならない。耳元にふと、フミツキの声が響いた。
<ナガツキ、鍵は手に入ったのか?>
「ああ、とりあえずな」
<私達も一応カナタから鍵を奪ったのですがね>
「すまねえなムツキ。でも何とかなったぜ」
喋りながらナガツキは、周囲にまき散らした魔力を、もう一度ブローチに回収する。中央の宝石の色合いが、力を吸収するごとに強まっていく。うっすらとしたピンクから、怪しくて妖艶な紫色へと。今、ムツキがカナタを倒した、それと似たようなことを述べたのでもう部隊長は残っていない。もう、残すは龍人のみだろう。
「じゃあ、七階で集合だ。先に行って制圧しておく」
口々に他のメンバーから了解との言葉が出る。この時、建物の外での出来事を彼らは知らなかった。
◆◇◆
「あーあ、逃亡なんて考えるから、こうなるんだよねー」
要塞のすぐ近く、森の中で一人の少年が退屈そうに座り込んでいた。茫然とした目で、あらぬ方向を見ている。彼の座っているのは、氷の塊だった。その中には、必死で抵抗しようともがいたであろう、一体の龍。それは、明らかに人型だった。真っ赤な鱗の、人型の龍。羽を広げたまま、凍てついている。
途端に森の中を風邪が吹き抜ける。急激な温度変化の気圧差によって風が生まれたのだろう。銀髪が風になびいて、深い藍色の目が垣間見える。
「爺さんも怒るだろうなー。苦労して呼び寄せた魔獣が、命惜しさの行動で死ぬなんて」
彼の左手の甲には『F』と、白い文字で書かれていた。