ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Magicians' War ( No.8 )
- 日時: 2012/02/11 13:13
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: rtUefBQN)
「さあ、行くよ。固有魔法“ワープ”」
それまで、床に魔力で描かれていた魔方陣がぼやけていたのに対し、詠唱が完了しその魔法の名前を読んだ瞬間に今まで膨張していた魔力は一気に凝縮され、しっかりと自分の役目を果たすための力を帯び始めた。炎でも無く氷でも無く、何の属性に侵されてもいない魔力を見るのは、要するに固有魔法を見るのは、キシリアにとって初体験だった。固有魔法以外に魔力を属性変換せずに体外に吐き出す手段は無いからだ。
次の瞬間に転送魔方陣と呼ばれたその輪の中にいたハヅキとムツキとキサラギの姿がとても強い光の中に溶け込み、消えた。煌々と輝く光の中で少しずつ三人の輪郭が見えなくなってくる。完全に三人のシルエットが見えなくなった時に柱が天に昇るようになっていた光は教室中を埋め尽くすほど強くなった。だが、それもほんの一瞬の話で、一瞬した後にはもうすでに消えていた。初見の固有魔法にキシリアは感嘆し、茫然とだらしなく口を開けていた。
「さて、十分ぐらいしたら帰ってくると思うからもう教室に戻っていいよ」
完全に我を忘れて本日の出撃命令が教室で発表される時間帯が迫っているのに、キシリアが気付かないでいるのでナガツキはキシリアに声をかけた。その一言にハッとしたキシリアは少し黙り込んだ。数秒の短い時間だったが、後ろめたい雰囲気を発しながら言いたい事を言いそうで言えないその時間はとても長く感じられた。
その沈黙を最初にカンナヅキが打ち破った。煮え切らない事は彼女は嫌いだからだ。
「言いたい事があるんなら早く言いな。時間は有限じゃねえし今日の依頼がお前一人とも限らねえんだ」
「あっ……す、すいません」
「カンナヅキ、ちょっと言いすぎ」
カンナヅキや彼女をよく知るclass/seasonの面々にとっては大したものではないのだが、あまりの剣幕に押されたキシリアは、また怯えたような表情でびくびくしていた。この子が内向的な性格であることをそろそろ頭に入れろと隣に現れたフミツキも咎めた。
「ちっ、まあアタシも悪いか……で、言いたい事は何だってんだ?」
「えっと……その……以来のドラゴンをですね、退治したの私ってことにして……くれませんか?」
「あ゛あ!? 何いって……」
「だからカンナヅキ、語調が強すぎるであろう」
やっとのことで、遠慮しながらキシリアの吐きだした追加の依頼は相当にカンナヅキを苛立たせた。そのような八百長はあるべきでない。心根のどこかが正義感の強いこの一団全員も少なからず言い感情を抱いてはいないだろう。その感情を最も強く見せたのがカンナヅキだった。我を忘れかけてまた言葉が強くなった彼女をフミツキはもう一度抑えつけた。
その間に彼女に今の事を訊き返したのはシモツキだった。
「で、何でそんなことがしたいの? そんなの僕だって思いつかないけど」
「私……魔法がからっきしなんです。いつもクラスの落ちこぼれで……その……簡単に言うとクラスメイトの皆を見返したいんです。だから……!」
理由は説明した。さあ、今から抗議が始まりそうだと思ったその時にある者がその言葉を遮った。
「強かったら偉いだなんて、決して思わない方が良いわよ」
その始まりそうだった喧騒を止めたのは、サツキだった。さっきウヅキやナガツキが感じたようにあまり心情のこもった声とは言い難く、感情が全く表情に出ていなかったが、それでも単調だが強く聞こえる語調で彼女は確かにはっきりと言い放った。
「ここにいる者の力を借りて強くなったように見せかけて本当に幸せ? そんな事で本当に見返せるの? 事実がばれたら糾弾されるに決まってるわ。それなのにあなたはその道を選択すると言うの?」
「・・・…………………」
「それにね、いくら強くても腐ってたらダメ。さっきの発言聞いた? そんなの思いつきもしなかった、と言ってたわよ」
「それは、強いから! 余裕があるから言えるんでしょ! 私みたいなのが言える訳がないでしょ!」
不用意な失言に対して強く責め立てられてキシリアは逆上した。自分のような弱者は他者の影に入らないと生きていくなんてできないのだと。その瞬間に今度は、フミツキに口をつぐまされることとなる。途端に刺すような緊張感が彼女を襲った。
「貴殿は我らが生まれつきの天才だと思っているようだがそれは誤りだ。皆為すべき事をして成っているのだ。努めること皆無で強くなれると思うなよ」
「フミツキの言う通りだ。俺はともかくclass/seasonの他の連中を『努力しない奴』とけなすって言うなら、放っておかないぞ」
フミツキに同意するようにナガツキも鋭い目線を彼女に向けた。そして漂い始めた険悪なムードを止めたのは、またしてもサツキだった。
「だから、あなたも強くなりなさい。自分の力で自分を無能と罵倒した者たちを見返しなさい。そうすれば、道は見えてくるから」
まず最初にサツキは、殺気で重圧を与える他の生徒たちを腕を水平にして抑止させるポーズをとって制止させた。そして、やはり感情の起伏の無い平坦な声で説得の続きを始めた。
「努力してもできない者はいないのだから」
その瞬間に今まで緊張とやり場の無い怒りとで歪んでいたキシリアの顔に、穏やかさが戻った。冬に降った雪が春になってすぐさま溶けて、短時間に劇的な変化を見せるように。今までの暗かった印象を取っ払って、元来あったであろう性格に戻った。
ありがとう、依頼はドラゴンの討伐だけで良いですとだけ言い残して彼女は自らの教室に戻ろうと、踵を返した。そして最後にもう一度言葉を付け加えた。
「自分の力で立ち向かいますから」
重たく軋む音を立てて、教室のドアはゆっくりとしまった。あんなに荒れた雰囲気をすぐに変えたことに十人はひどく面食らった。ただ、彼らはそれよりも一つ思い出した。ドラゴンが妙なことについてだ。
「そういやさっきフミツキは産卵期じゃないって言ったけど、一般的なドラゴンの産卵期って今じゃない? 春、それも四月でしょ?」
「だが、産卵期は雌雄共に弱るはずなのだ。腑に落ちぬな……」
「それに、今日だけ暴れてないっていう話だしねー」
その理由はサツキが良く知っていた。サモンで召喚される魔物が元々暮らしている世界、魔界では現世とは季節が異なる。つまりはその暴れているドラゴンはサモンで呼ばれたものなので、産卵期ではないからだ、と。次に今日だけ現れていない理由は、昨日彼女自身が相対し、すでに手にかけていたからだ。
後からこれを言ったせいで、一日中野を駆けずり回って最終的に倒れ臥す肉塊を目に収めた三人から、苦笑交じりにサツキは溜息を吐かれた。
◆◇◆第一の依頼・ドラゴン一体の討伐・完◆◇◆