ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: エンジェルデザイア ( No.1 )
- 日時: 2011/12/29 16:16
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: FMKR4.uV)
一陣の風が空中を裂く。ビュウ、という音がこだまするかのように、何度でも風は空中を裂いて行く。
照りつける太陽に、重なっていく黒い太陽。それはゆっくりと動き、円に沿うように重なっていく。全てが重なったその時、その円の周りからいくつもの炎が芽生えていく。黒い太陽に包まれたその照りつける太陽は、一刻と、一刻と——
時が、満ちていく。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
息が続かない。まるで呼吸が遮られているかのように、酸素が少ないように感じた。一つ息を吸うことが、こんなにも困難なことだったとは、少年は今此処で初めて知った。
何度も息を吸うことに必死になれば、足が止まる。足が止まれば、奴が追いついて来る。
本当の鬼ごっこというのは、こういうものなのだろうか。いや、相手は鬼じゃない。鬼だと言いたくない。それは——自分なのだから。
「畜生……! 何だってんだよッ!」
足がふらつきながらも、夜道を走る。電灯がバチバチと、何度か付いたり消えたりを繰り返し、それはまるで自分の心臓を表しているかのように見えた。
こうして走っている最中でも、あいつは来る。きっと来る。俺を奪いに来る。俺は、俺に殺されるんだ。
「嫌だッ!」
いくら地面で転ぼうが、落ちようが、必死に満身創痍の体を両腕で抱きかかえて走る。体中が熱い。苦しい。本当なら、もうここで走るのをやめて、どこかでゆっくり休みたい。けれど、そんなことをしたら——。
「クソッ!」
建物が眼の前に見え、少年はそこへ向けて走り出した。足は血まみれで、見ることも嫌なくらいだった。骨が折れていようが、今の自分にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際。そんな骨一つや二つなど関係なかったのだ。
立てないはずなのに立ち、走れるはずがないのに走り、少年は既に人間の力の領域を超えていた。
ガララッ、と鉄の扉を開ける。中は流石に薄暗く、冷気が全体に駆け巡っている。眼の前は月の光で照らされているぐらいで、明かりも何もない。どうすればいいのか分からず、とりあえず中へと入ろうとしたその時、
ガラン、ガランッ!
奥の方から、鉄の棒が落ちる音がした。誰かがいる。それは直感的に少年の心を揺さぶった。
もしかすると、あいつかもしれない。いや、そんなはずはない。此処に来るには、必ず自分の来たルートを通らなければならないのだから。
少年は既に冷静に物事を判断出来る能力もなかった。ただ、パニックになっているその頭を真っ白にすることも出来ず、ぐるぐると廻る考えに惑わされていく。
「畜生ッ! なんだってんだよッ!」
思わず、少年は工場の中で己の声を響き渡らせた。ハァ、ハァ、と息が乱れ、足は震えが止まらない。
暗闇の中、何が潜んでいるのかも分からない。鉄棒が落ちただけで、そこに誰かいるというのも分からない。けれど、確実に少年は何者かを感じ取っていた。
その嗅覚が、逆に少年を狂わせたのだ。
「——みーつけた」
突然、暗闇の中で二重の声のように聞こえる声が響き、赤い瞳が暗闇の中、二つ浮かんだ。
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
少年は叫びをあげて、眼の前の確かな"存在"を確認せざるを得なかった。逃げる、ということは既に少年の体では不可能に近かった。今こうして立てていることですら、少年にとっては有り得ないことなのだから。
両足を完全に骨折しており、肉から白骨が出てしまっている。こんな状態で走るのはまず不可能で、それどころか立てていることが有り得ないのだから。足は全体が血まみれ、酷い状態だった。微かに異臭も漂っている。
「そんな叫び声あげなくてもいいじゃないか。君は、僕だよ?」
「う、うるせぇっ! 黙れッ! 黙れぇっ!」
そう叫んだ途端、急に体が後ろへと重力がかかったかのようにして倒れてしまう。尻餅をついた時、足から流れた血溜まりによって、ビチャッという気持ちの悪い音が響いた。
「大丈夫だよぉ。君は死なない。僕がいるんだもの」
「やめろっ、やめろぉぉっ!」
少年はいつの間にか涙を流し、必死で抗おうと両手を左右に振り、眼の前の存在を拒否した。しかし、眼の前の存在である"赤い瞳を持った同じ少年"は、口元を歪ませて笑みを作るだけ。赤い丸型の瞳が、三日月へと変わる。眼の前の同じ顔をした少年に向けて、笑っているのだ。
「じゃぁ、今後も僕の中で生き続けてよ」
「嫌だッ、嫌だぁぁああッ!!」
赤い瞳を持った少年は、大きく口を開ける。そしてそのまま冷気のような透明の光のようなものを出すと、もの凄い勢いで眼の前の満身創痍である少年を"飲み込んだ"。少年の姿はなくなり、代わりに服のみが置かれていた。血溜まりも無くなっており、満身創痍の少年がいたという痕跡はこの世から抹消されたのだった。
「おめでとう。これで僕は——君になった」
口を大きく開けて、赤い瞳を持つ少年は嗤う。工場で響くその声は、いつまでも反響が止むことは無い——ように思えた。
「ったく、せっかくの休みなのに何で睡眠時間を削られてまでこんなことせにゃならん……」
少年の後ろに、一人の男がいた。少年はその存在に気付き、後ろを振り返ったが——
「アホが。もう遅いっての」
少年は避けることも許されず、真正面から一閃、頭上より落ちてきた刃によって一刀両断された。有無を言わせない一瞬の速さだったが、少年は右手を伸ばしていた。
「シェヴァリエの連中か」
少年は、言葉と共に右手を変化させていく。それは見るもおぞましいほどの鋭利な槍状の何かになり、男の脇腹へと突き刺そうとした。
「っと」
男は身を翻し、自らの持っていた太刀でそれを防ぐと、そのまま太刀を下から上へと切り上げた。
だが、少年もそれを読んでおり、体を後ろにやると、そのまま反転して後転した。切り裂かれたはずの体は、いつの間にか元へ戻っており、代わりに少年の顔には笑みが浮かんでいた。
「気持ち悪いなー、お前。お前みたいな奴一番嫌いだわ」
「ふふふ、それはどうも……。きっと来るだろうなーって、待ってたんだよ?」
「嘘つけ。あんな高笑いしてたクセに……よっ!」
一気に走り出し、男は太刀を斜めに振り上げ、一気に少年へと振り下ろした。だが、少年は右手の鋭利な腕で受け止め、また笑みを浮かべる。
「おぉー、近くで見たらより一層……気持ち悪いなぁっ!」
太刀を前へと押し、その後鋭利な腕から離すと、ほとんど見えないぐらいの速さで肩へと突きを入れた。肉が裂ける音がし、少年の顔が歪む。
「そうそう、それぐらいの顔が丁度いいんだよッ!」
男はそのまま肩へと太刀を貫通させ、そのまま一気に首元を撥ねるようにして横へ滑らせた。だが、そうする前に左腕で少年は太刀を止め、叫び声をあげながら右手をあげ、一気に突き刺そうとした。
「あぶねぇっ!」
それに応じて男は蹴りを繰り出し、少年の腹下を抉った。その反動で太刀も抜け、少年は前方へと吹っ飛んだ。
「逃がさねぇよっ!」
落ちていた鉄棒を拾い上げ、槍投げのように少年へと投げつけた。少年に激突するように見られたが……そこに少年の姿はおらず、壁へと激突して鉄棒は力を失い、地面へと落ちた。
「えええッ! マジかよッ! あれで逃げれんのかッ!」
男はそれを見て声を荒げる。あの瞬間で逃げられたことが有り得ない、という風にして表情を変化させた。
太刀を鞘へと仕舞い、大きくため息を吐いた。すると突然、男の耳元から声が聞こえてきた。
「おいっ! このボンクラ野郎ッ! また逃がしたのかよっ!」
「あぁ、うるせぇうるせぇ! 俺だってな、滅茶苦茶頑張ったわ!」
「黙れ! 言い訳はそれぐらいにしろっ! ハゲ!」
「まだハゲてねぇよ! ていうか、ハゲる前提で言うな! このヤンキー娘!」
男の耳元から流れるようにして聞こえるのは女の声だった。それも若く感じる声色で、それが男の耳元へと届いていた。
「もういいわッ! お前の失敗伝説はほとんど聞き飽きた! 早く戻れ! そんで団長から叱られろッ! バーカ!」
「あ、ちょ、お前ッ! ……切りやがった」
ブツッ、という電子音と共に遮断されたイヤホンを外すと、男はまたため息を吐きながら懐から煙草を取り出した。
「あぁ、畜生。推定、俺は睡眠10時間しかしてねぇんだぞ……」
男はそう呟きながら、"壊れていく夜の世界"を見た。音を鳴らしながらヒビが入っていくこの世界は架空の世界。現実であって現実でない、ドッペルゲンガーの世界だった。
「……帰って寝よう」
本当の世界は、皆既現象によって薄暗く変化していた。
【エンジェルデザイア〜Angel Desire〜】