ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: エンジェルデザイア ( No.12 )
日時: 2012/01/08 22:42
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: /HF7gcA2)

ズルルル……と、カップラーメンの麺を啜る音が部屋中に響き渡る。
男は右手に箸を持ち、左手にカップラーメンの容器を持ってソファーへと座っていた。丁度今、そのカップラーメンの麺の最後を食べ終えた所である。
部屋内は一言で言うと汚い。あちらこちらにゴミの塊やガラクタなどが散乱している。その他、本や書類や生活用品等などが所狭しと置かれている。ゴミ箱に至ってはゴミが溜まり過ぎて溢れ返っており、その周辺には零れ落ちた紙屑やらのゴミが散らばっていた。
男がラーメンを啜っている時、そのすぐ近くで綺麗な黒色をした長い髪をした少女がゴミを一つ一つ丁寧に拾い上げていた。小柄な体型だが、どこか幼女臭さを取り除いた感じのする雰囲気に、清楚そうな外見が少女の美しさをより一層引き立てていた。だがしかし、

「おいっ、ラーメン食べてないで掃除手伝えよッ!」

と、この少女が言うのである。
少女は仁王立ちをし、眉毛をピンと斜めに釣り上げ、見事に唇をへの文字にさせている。外見からは怒っているこの様子もなかなか可愛らしく映るものだが、言動と態度からはその可愛らしさなどというものはほとんど消えてしまう。これを言葉で表すと、まさに男勝りの少女はこのことを言うのだろうか。
その少女の視線と言葉をしっかり受け止めたのかも分からず、男は何も返事を返さないままラーメンの残り汁を啜ろうとしていた。
ぶちっ、と少女の何かが千切れる音がした。

「ふざ……けんなぁぁ!!」

その瞬間、少女は思い切りテーブルを蹴り上げた。テーブルは勢いよく反転し、前方へと向けて一気に倒れ込んだ。テーブルの上にあった灰皿やティッシュの箱などと一緒に倒れたので、再び床は汚れることとなってしまった。
しかし、男の肝心なラーメンは自分の手で持っていたので、男からしては何ら問題は無い。男はため息を一つ吐くと、

「そんな怒ってると、見た目が台無しに——って、待てぇぇ!」
「うっさいッ! 黙れぇぇええッ!!」

男が話している間、少女は腕を振り上げていた。その腕の先にある手には、しっかりとヤカンが握られていたのだ。ヤカンの取っ手を掴んだその手は、男の静止する為の言葉も聞かず、かけ声と共に冗談ではないスピードで真っ直ぐ男の顔面をぶち当てた。

「ぶふぁっ!」

格好の悪い声を出し、ヤカンが顔面にしっかりと当たった上、張り付いてしまっている男の手からカップラーメンが零れ落ち、汁が音を立てて床へと散乱した。それを見た少女は——

「あ……」

と、口篭りながらやってしまったという表情を隠せないでいた。そうしている内に、男の顔面に張り付いたヤカンがゆっくりと床へ落ち、その衝撃によって音が床に響く。
おでこが特に赤くなっているその男の顔面は、見る見る内に怒りの形相が滲み出てきそうだった。

「お前なぁ……!!」

そう怒鳴り声をあげようと立ち上がった瞬間、

「はいはいーただいまー」
「——ぶへぁっ!」

ドアが開いたのと同時にガンッ、という音が響いた。男の頭が、突然思い切りよく開かれたドアに激突したせいである。
男はそのまま倒れこむようにソファーへと再び戻って行った。ドアの開かれた先には、笑顔の銀髪をした男が入って来る。その手には、"ピザール"と書かれ、ピザの絵が真中に描かれた四角で平べったい箱を二つ持っていた。

「あれ? 何かドアの開きが悪かったけど……もしかして、もうガタがきてたり?」
「違げぇよ!! 俺の頭に当たったんだよ!」

銀髪の男は、ソファーで頭を抑えながら睨みつけてくる男を見て、小さくあぁ、と声を漏らした。

「ごめんごめん、ルノアがいたなんて知らなかったよ〜」
「そういう問題じゃねぇ!」
「じゃあどういう問題?」
「知るかッ!!」

毎度のようにこんな会話を繰り返し慣れているのか、そんな言葉も銀髪の男は軽くスルーしてピザの入った箱をもう一方のテーブルへと置いた。

「ふぅー。やっと両手が楽になったよ」

腕を少しぶんぶんと回し、首をコキコキと音を鳴らしながら回す。いつでもスマイルを保っている銀髪の男は、ようやく落ち着けると言わんばかりに傍にあった椅子を引き寄せて腰を落ち着かせた。

瑞希みずき、片付けとか出来た?」
「こいつが手伝わなかったからまだ終わってない」

ヤンキー娘こと瑞希は、呼ばれた言葉に対して順当に答えを言った。ルノアの方へと二人して向いている間に、ルノアは瑞希が倒したテーブルをまた元に戻そうとしていた。

「し、仕方ねぇだろ! 大体、銀狼ぎんろうがピザ持ってくるのが遅かったからじゃねぇか! だからこうして余ってるラーメンをだなぁ……」
「言い訳だ」
「言い訳だな」
「何だお前ら! どうしてこういう時だけそんなコンビネーションいいんだよっ!」

ルノアが必死に両手を広げて弁論を計るも、いつものことのように銀狼と瑞希にはスルーされていく。
銀狼の手にはいつの間にかお茶が供えられ、瑞希の手にはピザの一切れが握られていた。

「ちょ、俺も食う!」
「ルノアはこの間の任務も完了出来なかったし、何よりさっきカップラーメン食べたから食うな」
「はぁッ!? 意味わかんねぇよ! あのな、前野菜オードブルってのがあってだな……」
「オードブルでラーメンって意味分からなさ過ぎる。あ! それに掃除手伝わなかっただろ!」
「う、ぐ……! お前らと違ってな、俺は腹の減りが異様なんだ! だからラーメンを食べて小腹を……」

いくらルノアが話そうが、瑞希の手は止まらないし、言葉も止むことは無い。瑞希が先ほどまで食べていたピザは後一切れぐらいしかなかった。

「何でそんなに食うの速いんだよ! このヤンキー娘!」
「あ、またそれ言いやがったな! 外見のキャラがブレるから止めろって言ってるだろっ!」
「安心しろ、もう十分ブレてるから! ピザを食わせろ! ていうか、銀狼も何とか言えよ!」
「え? 何が?」

銀狼の口元には、先ほどまで付いていなかったものが多く付着していた。それはピザによくあるチーズやベーコンやサラミ類のものが小刻みに斬られたかのような断片がそれぞれに口元へと付着しており、唇はピザソースをそのまま塗ったかのような出来栄えになってしまっていた。

「銀狼、お前……もしかして……?」

ルノアが慌てて瑞希が食べていたのとは違うもう一つのピザの箱を開けてみると……その中には、一切れもピザなど入っていなかった。

「ぐぁぁっ! やっぱり食ってやがった!!」

銀狼の食い方はとても汚く、ソース類があるものや汁系の物は毎回口周りを汚してしまう汚いクセがあったのだ。銀狼の方はそれを全く意識などはしておらず、無意識でいつもこうなる。ただ、見た感じの食べ方はとても上品に見えるのが不思議なことらしく、少し目を離した時には既に汚れているというのだ。

「……やっちゃった」
「やっちゃったじゃねぇよッ! 何一人でバクバク食べてんだよっ!」

思い立ってか、ルノアはあまりの興奮により銀狼の胸倉を掴む。長く、結ばれた銀狼の銀色の髪が空中で揺れ、それと同時に前後へ頭が行き来させられるようになった。つまり、ルノアが胸倉を掴んで首を振っているという状況にあるわけだった。

「あっはははは〜、ルノアだったら許してくれるって思ってて〜」
「何笑ってんだよぉぉっ! 俺の飯を返せ!」
「ルノアうっさい! ラーメン食べたんだから黙れ!」
「このヤンキー娘め! お前は一切れでも俺に残そうとは思わないのかよっ! 最後の一枚も遠慮無く食ってんじゃ……って、あれ?」

よく見ると、瑞希の手にはピザが一切れ載せられていた。それもまだ食べていないピザの一切れだった。自然とルノアの腕が止まり、目はそのピザを凝視することになった。

「ほ、ほら。一枚だけ残してやったんだから……感謝しろよな、ハゲ!」

瑞希が照れ臭そうにピザを差し出しながら頬をほんのりと赤く染めた。最後のハゲ、という発言に対しては普段のルノアからして怒る所ではあるが、今回はそんなことよりもピザを残してくれたということがとても素敵に思えて仕方が無かったのだ。

「マジか……! ピザ……! ありがたくいただ——」

と、その時。何かの感触が全身を駆け巡っていく。それは三人に同様のことで、突然それは窓の奥からやってきた。

「——ッ! 伏せてッ!」

銀狼が飛び出し、二人を抱えて前のめりに飛び込んだ。その瞬間、ルノアの目の前からはピザは吹き飛び、どこかへと消えた。代わりに見えたのは——窓から小柄な少女が悠然と立っている姿だった。