ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: エンジェルデザイア ( No.18 )
日時: 2012/01/15 21:57
名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: /HF7gcA2)

小五郎の表情は一度だけ、一瞬だけしか驚いた表情を見せなかった。自然にその表情が消えると、次に作られた表情は温かい歓迎の笑顔ではなかった。

「どうして、此処に?」

その言葉を投げかけてきた小五郎の視線、表情はどれもが冷たかった。どうしてこんな表情をするのか、全く分からない。久しぶりの再会だというのに、親友が帰ってきたというのに、まるであの幼い頃の思い出を"憎んでいる"かのような、そんな感じが小五郎から伝わってきた。

「今日からこのアパートで一人暮らしをするようになったんだ。えーと……来週から始まる新学年から、都市部の方にある学校に転校するんだ」
「……なら一緒か」

小五郎がポツリと端的に呟いた。その言葉は、どこか悲しげで、先ほどと同様にあまり喜んでなどいない。むしろ逆だった。

「……小五郎。僕は、昔のように、楽しくやりたいんだ。……あ、他の皆はどうしてる? 元気で——」
「……すまないが、もう行っていいか?」
「え?」

耳を疑うよりも先に、何も考えられなくなった。頭が真っ白になるというのはこういうことか、ということも気付かないまま、僕は小五郎の冷めた瞳を見つめていた。

「それと……出来れば、帰って欲しい」
「帰って、欲しい……?」
「そうだ。帰るんだよ、親の元に」
「そんな……僕は」

思わず俯いてしまった。何の為に此処に戻ってきたのかと言われたら、返す言葉が無いのは事実だったからだ。ただ、またもう一度楽しい思い出を思い出したかった。どうして此処に戻ってきたか。何の為か、という目的は分からないけれど、どうしてという言葉なら答えられる気がした。
僕は、きっと——

「……すまない、瞬。……またな」

小さく、悲しげに呟くと、小五郎は身を翻して僕に背を向け、歩き出した。その背中は、昔から見慣れたはずの小五郎の背中とは全くの別物のように見えたのだった。




「で、今のは一体何だったんだ」

腕を組み、銀狼へと向けてルノアは言った。
汚い部屋が散らばったガラスによってより一層汚く、そして危なくなり、窓が壊れたせいで夜風も沢山入ってくる始末だった。

「今のは、何者か正確には分からないけど、シェヴァリエのことも知ってたし、口ぶりからして天使っぽいよね」

銀狼が熱いお茶を入れながらそう言った。コポコポと音を鳴らし、ティーカップに熱いお茶が注がれていく。それを見つめながら、瑞希もまたゆっくりと頷いた。

「ヤンキー娘、頷いてるけど分かってるのか?」
「分かってるわ、ボケぇ。とにかく、何か見つければいいんだろ?」
「分かってねぇじゃねぇか!」
「う、うるさいっ! ハゲも分かってないクセに!」
「ハゲてねぇよっ! ハゲる予兆も起きてないのにハゲハゲ言うな!」
「ならお前もヤンキー娘ゆーな!」

いがみ合う二人を銀狼は全く気にした様子も無く、お茶を啜って笑みを浮かべた。いつものことながら、この二人はいがみ合って言い争うのは速いが、それが冷めるのも速い。すぐにルノアと瑞希はそれぞれに顔を逸らすと、話題を元に戻した。

「天使っぽいってことは分かったし、"俺たちのように"ただの人間じゃないっていうのも分かった。けど、それでさっきの話を鵜呑みにすんのか?」
「でも、嘘吐いてるようには見えなかったよね。そもそも、エンジェルデザイアって言葉が出てきた時点で僕は気になったかな」
「エンジェル、デザイアか……」

呟いたルノアは、考えるように唸ると、その場に座り込んだ。それを見ていた瑞希は突然そのルノアに向かって蹴りを放つ。あまりにいきなりだった為、ルノアも反応できずまともに蹴りを腰に入れられてしまった。

「ぐぁ……! 何すんだよ、このアホ娘ぇっ!」

ルノアが腰元を抑えながら呻き声をあげるように叫ぶが、瑞希は全く気にした様子も無く、腕を組んでルノアを見下ろし、勢いよくふんっ、と鼻から息を吐いた。

「いつまでも悩んでても仕方ないだろ! どうせもう此処の辺りで"奴等"もいないし、いたとしても、ルノアが取り逃がしたあの男ぐらい。言っても損とか無いだろっ」
「う、うるせぇっ! あのもやし小僧、結構逃げ足が速かったんだよ!」
「言い訳はいいから、仕度しろよ!」
「はぁっ!? 何でお前の一言で行くことが決定してんだよ!」

立ち上がり、瑞希に向けて指を差してルノアは言った。しかし——

「ルノアー? 早く用意しなよー?」
「って、銀狼……? な、何してんだ?」
「何って……仕度だよー。久しぶりの遠出だねー」
「えええッ! 行くのかよ! そんな、勝手に決めていいのか!? "機関"の連中に何言われるか分かったもんじゃ——」
「私がいるから大丈夫だろ! ほら、仕度しろ!」
「話が急すぎるんだよ! もっと慎重に——! っておい! やめろ! 離せーッ!!」

半ば強引に、ルノアは仕度をさせられ、銀狼と瑞希と共に向かうことになった先に待つものは——。




「あぁ、食べたい」

ゆらり、と暗闇の中に隠れるようにして、影が蠢いた。
その影は、光を無くしては生きられない影だった。しかし、影が光を乗っ取ることが出来る時が来たのだ。
それはこの影の者にとって、待ち遠しいものだった。

「あぁ、羨ましい。早く速くはやく、食べたいたべたいタベタイ! 今度は光になる番。役者は君と……いや、僕と僕。僕なんだよ、君は。僕が僕を乗っ取るんだ。君はお留守番だよ。いいでしょ? ずっと僕が今までお留守番してたんだから。今度は僕の番だよ。ねえ、いいでしょ? やっと——僕の願いが叶うんだから」

その影はデザイア。怖れることの知らない、影の役者。



第1話:close out(完)