ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: エンジェルデザイア ( No.4 )
- 日時: 2012/01/01 22:06
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: FMKR4.uV)
僕はこの街が好きだ。それは、此処で生まれ、此処で育ち、此処で僕は暮らしていたからだ。
そんな好きな街に、僕は"帰ってきた"。
幼少の頃、親の仕事の都合によって僕はこの生まれ育った街を去ることになった。この街が大好きだったけれど、まだ幼い僕にとっては仕方のないことだった。
「瞬ちゃん……行っちゃうの?」
「うん。ごめんね、朔。仕方ないんだ」
仕方ない、という言葉がこの時から僕の口癖になってしまった。いつの間にか、僕はその仕方ないという言葉に取り付かれてしまっていた。
初めて乗る新幹線の駅の中、少女は僕に向けて潤んだ瞳を見せていた。少女、朔は僕の幼馴染の女の子で、いつも一緒に遊んでいたのだ。突然の別れに動揺し、結果このように目を潤ませていた。
「泣くなよ、朔。瞬が困るだろ?」
傍で朔の肩を軽く叩き、励ましているような言葉をかけていながらも、自分も目を潤ませている少年。
「修治も泣いてるじゃん」
「お、俺は泣いてねぇよ! あ、汗が……」
下手糞な嘘を吐くのは修治のお茶目な一面だった。いつも男らしいという感じと、堂々とした度胸を併せ持つ修治だが、友達のお別れなどには涙を流す熱い男なのだ。
そのことが分かっていた僕は、修治の必死で涙を隠そうとする赤面の顔を見つめて苦笑した。
「遂に、いっちまうんだな……」
凛々しい感じに腕を組み、凛とした表情で俺を見つめて言う少し大人びた少年。
「小五郎……。あぁ、行くよ。急でごめん」
「謝るな。お前は何も悪くはない。誰も悪くなどない。またいつでも戻って来い」
小五郎はいつも僕たちのまとめ役だった。喧嘩などをした時はいつも鎮めさせるのが小五郎の役割のようなものでもあった。修治もかなりの運動神経を誇るが、小五郎には負けた。この街の頭脳と運動神経共にスーパー小学生とも言われた小五郎は暖かく僕を送り出そうとしてくれていた。
「は、早く行きなさいよ! もうギリギリなんでしょっ!?」
少し照れているようで、でも目は少し潤んでいて、嘘が修治同様に下手糞なこの少女。
「あぁ、確かにそうだな。千夏、ありがとな」
「はぁ!? 何であんたにお礼言われないといけないわけ? 早く行って欲しくて堪らないっつーの!」
顔をそっぽ向けて言い放つ千夏だが、毎回のことながら、言っていることの意味がほとんど反対のいわれを持っている。つまり、全く素直ではない性格の少女だった。いつも今はもう大人になっているお兄ちゃんから貰ったというリボンを髪に括り付けているのがチャームポイントだ。
「それじゃ……もう行かなきゃ」
俺がそういうと、遂には朔が泣き出してしまった。昔から泣き虫な朔はこの時も泣いていたんだった。
「じゃあな。元気でな」
「あぁ、ありがとう、皆。またいつか——会える時まで」
小五郎が言った一言によって、僕もそこから去る決心が固まり、ゆっくりと後ろを振り返ると、新幹線へと駆け足で乗り込んだんだ——
そして、僕は再びこの思い出の街へと帰ってきた。
第1話:close out
いつの景色だっただろう。この景色は、まるで見覚えの無いものだった。
電車の窓から覗ける景色は、昔の僕がよく馴染んだ景色などではなく、まるで別の街のように変貌していた。
何も無いところには、無理矢理にでも建てたかのようなビルや、何らかの店が立ち並び、小さい子供達が楽しむあの空き地のような場所はどこにもないのだ。
股の間に置いてあるバッグが揺れると同時に、僕はため息を漏らした。ガタゴトと、未だに電車は風景をまるでパラパラ漫画のように映り変えていく。確かに新鮮さのようなものはあったが、懐かしさが全くなかった。
「ここは……本当に、僕の故郷なのか?」
思わずそう呟いてしまうほど、僕の心に苦しい何かを与えた。
幼少時代、僕はこの街から引っ越した。理由は親の仕事の都合だった。しかし、向こうについてほどなく……そう、あれは僕が中学生になった頃だろうか。親は何年後かに外国へと家をまた引っ越すことになるかもしれない、と言い出したのだ。
新しい土地で、新しい土地に親しんだ言葉の言い方、喋り方を必死で真似して覚え、やっとのことで馴染んできたかな、というぐらいになった僕にとっては本当にいい加減にして欲しい出来事だった。
「瞬。でもこれは、仕方の無いことなんだ」
仕方の無いこと。それは、幼少時代にこの親から同様に言われた言葉だった。それは僕の心の中で、悪い意味で親しみがあってしまっていた。
その時も僕は仕方なく、仕方なくそれに従うしかないと思っていた。けれど、時が経つにつれて、引っ越すことがほぼ確定となってきた頃、僕の心の中で幼少時代の記憶が思い出された。
楽しかったあの日々。こんな無理矢理に周りの流れについていく僕じゃなく、ありのままの僕を表現できた。ありのままの笑顔を、作り笑いではない笑顔を見せることが出来た。
外国へ行ってしまうと、もう二度とあそこへは戻れない気がした。だから僕は——
「はぁ」
ため息をまた一つ吐く。今度は息のみだけではなく、声も交じらせて言った。
あの日、僕は初めて親に反抗した。今まで仕方の無い、という言葉に圧倒されていた僕が、初めて反抗した時だった。
「僕は、僕は……昔のあの場所へ戻りたい」
親の眼の前で、僕はそう告げた。勿論、反対された。何を言っているんだと。頭を冷やして、考え直せと。
確かにそうだと思った。何をバカなこと言ってるんだろうと僕も思った。けれど、溢れ出した思い出は止まらなかった。もう一度、あの頃の皆と会いたい。そんな気持ちでいっぱいだったのだ。
結果、無理矢理と言っても過言ではない説得のさせ方をし、こうして電車で僕の故郷へと戻っている。今頃親は外国で忙しく仕事でもしているのだろう。
仕送りは親から届くが、身の回りのことは全部自力でやらなければならない。住む場所は、僕の親戚が大家をしてある賃貸アパートに住むということになった。仕送り、といっても学費等の面々によって大幅に削られる為、自分が楽しむ為の金は自分で稼がなくてはならない。
高校生にして、それは大分大変なことなのだが、思い出のあの場所へ帰れると思うと、とても心地よかったのだが——
「ここまで変わってしまったのか……」
一人ぼやく僕は、どんな顔をしているのだろう。期待外れだったという表情をしているのだろうか。
「終点ー終点ー」
そうこうしている間に、既に終点へと到着したようだった。窓から目線を外し、床を見つめていた僕は急いでバッグを背負い、電車から飛び出した。
空気を吸うと、とても自然な香りが昔はしたものだが、今は薄れてしまったように思える。昔と今では、街の風景がガラリと違ってしまっているのだから、仕方の無い——
「仕方の無いこと……」
ぶんぶんと、首を横に振り、そうじゃないと小さく呟いた。
仕方なくなんか無い。きっと何かあったんだ、と僕はそう心の中で繰り返した。仕方の無いこと。その言葉がこれほどまでに恐ろしいものだということを僕は今此処で初めて体感した。
(これじゃあ、この街が昔のあの懐かしい街じゃないと、僕が否定しているじゃないか……)
ダメだダメだと呟き、僕はホームの階段をあがっていった。
僕の故郷であるこの街には、都市街とそうでない場所とで分かれている。新幹線等があるのは都市街の方で、そうでない場所には電車がある。僕は乗り継いで電車でやってきた、ということだ。
故郷だ、という方は都市の方ではない、田舎臭い感じの方。つまり、今僕がいる場所なのだが、すっかりと田舎臭い感じが全面的にあったものを取り消されていた。確かに田舎は田舎なのだが、家が随分と増え、コンビニ等も増えた。様々な形で便利さを増していたのだ。
「やっぱり、変わってるんだ……」
その風景を見回して呟く。何もかも、変わらずにはいられないのだ。それは理解しているつもりだった。此処に来る前から。
変わってないなぁ、と言わせる場所も必ずあるはずだ。そう思い、僕は荷物を置く為にアパートへと向かった。
駅からほど遠くない場所にアパートはある。結構便利な立地条件で、コンビニも近くにあるのだ。親が大家さんに話を通してくれて、親戚のよしみということでほとんどタダで住まわせて貰える事になっているらしいが、実際は僕の親が学者だからだろう。小さい頃から何不自由もなく暮らしてきたが、親からの愛などというものはあまり感じられなかったこの人生だ。だからこそ、僕は親と共に行くことより此処で住むことを決めたのだから。
「着いた……」
本当にすぐに着き、例の賃貸アパートを見上げた。確か、二階に上がってすぐの場所が僕の部屋だったはずだ。
とりあえず、大家さん……といっても、その本人はアパートの隣に建てられている一軒家で暮らしている。早速、僕は大家さんへ窺うことにした——その時だった。
「——瞬?」
「え?」
誰かに呼ばれたような気がした。