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Re: 吸血鬼と暁月 ( No.6 )
日時: 2012/06/23 20:38
名前: 枝垂桜 (ID: gZQUfduA)

「──沙雨……っ!」

 ゆらりゆらりと体を不安定に揺らしながら帰ってきた沙雨に気が付いた朱音は一瞬硬直して、そしてすぐに沙雨へ駆け寄った。

 沙雨が帰ってくるまでの時間はいつもより、ずっとずっと長く感じられた。〝はやく帰ってきてほしい〟そんな思いと不安、そして〝あの夢〟に出てきた男〝サウ〟の姿が脳裏をちらついてならなかった。一刻も早くあの化け物は沙雨ではないことを証明して欲しかった。

 朱音は手元にあった薄い布を沙雨にかぶせた。

「大丈夫?なにしての……?」

 その問に沙雨は俯いていた顔を上げた。

 そこには酷く曇った瞳があった。黒い霧が立ちこめているような、そんな瞳が力なく朱音を見つめていた。

 朱音はそんな瞳にドキリとしたが、指先が沙雨の頬に触れた瞬間、その頬の冷たさにぞくりとした。

 まるで死者のように冷たい頬。まるで触れた物を凍らせるようなそんな肌。


「さ、沙雨……、どうしたの……?冷たいよ……」


 沙雨の体は動こうとしない。動いているのは瞼くらいであとは時が止まったように停止していた。

 いくら朱音でも気味が悪かった。


「……せめて……」

 ようやく沙雨がぽつりとつぶやく。


「……せめて、君を失ってしまわないように……」


 ようやく絞り出したその言葉の意味が分からなかった。

 しかし、その台詞には聞きおぼえがあった。

『……せめて、君を失わないように……』


 ──胸が騒ぐ。


「……失ってしまわないように、僕は君を……──にしたのに……。これじゃあ……また……ッ」


 苦痛の声。途中聞こえないところがあったが、今の朱音はそれでころではなかった。


『僕に君の運命を────』


 こだまする。あの声が。頭の中で何度も反響して響く。響く。響く。


「──朱音……」

 その声は低かった。いままでよりずっと。今まで聞いてきたなかで一番、低かった。


「もう一度、僕の手で──堕ちてくれ」


 瞬間、ぐっ、と沙雨に手首を掴まれ手前に引っ張られた。

 沙雨にかぶせていた布が床に落ちる。

 そして沙雨は私の首筋に顔を埋めて──、


「朱音ちゃんッ!沙雨は──」


 障子が勢いよく開かれて半兵衛の顔が見えた。


 朱音の首筋に沙雨の唇が触れ、温かい吐息がかかった。


ぶつ、


 朱音の首筋に何かが埋まっていく。

 何か鋭い物が皮を破り、奥まで刺さっていゆく。

 
──何ガ 起キタカ 分カラナカッタ


──痛くて 熱くて 


「─────────ッッッッッ!」


「沙雨────ッッッ!!」




 甲高い朱音の悲鳴と、半兵衛の怒声が朝明けの神社に響き渡った。