ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼と暁月【楽園の華 オリキャラ募集中】 ( No.114 )
- 日時: 2012/12/07 22:29
- 名前: 枝垂桜 (ID: DMJX5uWW)
そしてそのまま、朱璃は口を開こうとしない。その無表情の顔を見ているだけで、旅の途中、心が壊れてしまうほどの恐ろしい事があったのだと察してしまった。
殺し屋だって、なりたくてなったのではないと分かる。なぜなら、彼は朱音の血も引いている。本当は、戦いも好むはずがない。
「父さん、僕は『殺し屋』になりました」
「マーチから聞いたよ。凄腕だとね」
「僕は……、僕は」
沙雨は朱璃の言葉を遮って「でも」と付け加えた。
その言葉にずっと伏せていた朱璃の瞳が、ようやく沙雨を捉える。
「〝あの約束〟は、しっかり守ってくれたね」
+ + +
『朱璃。朱音を探すため、ここを離れるのは、僕が許そう。ただ、これだけは約束しなさい。───……生きて戻ってくるんだよ』
+ + +
「あ……」
「僕はそれだけで、あとはもう何もいらない。聞かせてくれ。朱璃の話を……」
「でも……良い話じゃない」
「僕は朱璃を否定したりしないよ。話して」
朱璃は再び戸惑った。それを優しい笑みを浮かべて見ていた沙雨。
朱璃は決心を決めると口を開いた。
+ + +
数十年前、神社を出たすぐ後の事。朱璃はかつて沙雨も来ていた、ヨーロッパに来ていた。
その時のヨーロッパは市民革命が起きていて、実に慌ただしかった。
「確か、ここら辺に隠れ家があったはずなんだけど……」
朱璃は幼い頃、連れて行ってもらった記憶を頼りにそこに向かっていた。
今も残る、深い深い森の奥。それは建っていた。ただ……、
『うっわー……。ボロボロじゃん。触りたくない……』
何百年も人が住んでいないからか、かなり老朽化が進んでいた。
以前はたびたび沙雨と朱音が気分転換に、と泊りに来ていたから手が
いき届いていたのだが、朱璃が生まれてからと言うもの、一回だけ来ただけでそれからすっぱりと行かなくなっていたのだ。
「触ろうとしても触れないでしょ」
イヴに正論を返し、棚の上に積もった埃を払う。はらはらと埃が舞う。
一つ溜息をついて、これはかなり徹底した掃除が必要だなと確信した。
なぜかここは、懐かしさがにじみ出ていた。
泊った時はあるが住んだ時はない。だから、この感情自分でも不思議に感じた。
それにここは、父沙雨と母朱音が住んでいた痕跡あがありすぎた。
枯れずに残っている、青薔薇。朱音と沙雨が赤ん坊の朱璃を大切そうに抱いて、笑顔で写真に残っている。積み上がった本。天狐のものだと思われる巻物。たくさんの茶葉。
すべてが埃をかぶって、白くなっていた。
「なんで残していったのかな」
『この屋敷は人間には見えないの。だから放っておいても、また泊りに来れる。壊される事もないしね。もしもの時の為、じゃないかしら?』
「そうか……」
朱璃は瑠璃色の瞳を失せた。少し長いまつ毛が美しさを引き立てている。
掃除をする前に、全く中の記憶がないので部屋の探索から始めた。色々な部屋を見て行き、どこを自室にするか決めようと思ったのだ。
実質、住んでいるのは自分だけなので自室でも何でも余り関係はない。
この屋敷は大きすぎて、すべての部屋を見て回るのにはすごく時間がかかった。
すべての部屋を見て一息ついた後、早速掃除を始めようと思ったのだが、見て回るのに体力を使ってしまって、する気になれなかった。
『私がしてあげましょうか?』
「いや、いい。自分でやる。───だけどさすがに、この広さを一人ではなぁ」
朱璃は気持ちが向かないまま立ち上がって、すべての窓を開けた。その際舞った埃が、朱璃の顔面を襲う。
「───最悪」
こうして、朱璃の大掃除は始まったのだ。