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Re: 吸血鬼と暁月【オリキャラ募集終了致しました】 ( No.35 )
日時: 2012/08/06 19:06
名前: 枝垂桜 (ID: gZQUfduA)


 突然に訪れたファウストの死を、沙雨は未だに理解できていなかった。

 つい数十分前まで賑やかだったホールは、まるでそれが幻だったかのように静まり返っていた。


 先程まで普通に会話を交わしていたファウストは、例としても生涯も終え、今度はもう本当に会えなくなってしまった。


「天孤」

「はい」

「水袮久遠は今、どこにいる?」

「しばしお待ちを」


 先程、沙雨の命令によって姿を現した天孤は朱音たちをあいさつし、自分の使命を告げた。

 そして今、沙雨の命を聞いていた。

 ───そこに、


「僕はここだ。沙雨」


 久遠が姿を見せた。傍には皐月も連れている。

 彼らもまた、今や不要になった仮面を外し、素顔を見せていた。


「半兵衛殿……?」


 朱音が久遠を見て、彼の偽りの名を呼んだ。

 彼自身が自分で考えた名。忘れるはずもない。しかし久遠は首を傾げ、不思議そうな顔をした。


「誰の名だ、それは。───そして、君は誰?」

「え……?」

「朱音、この方は吸血鬼の水袮久遠。そしてこちらが皐月」

「久遠……? ねえ、沙雨、この人は半兵衛殿ではないの?」

「今はお黙り、朱音」


 鋭い目で見られた朱音はその圧力に負けるように押し黙った。


「王のことは残念だったね」

「はい。……僕は貴方のことを許しませんよ」

「はて。なんのことか」

「とぼけないで。知っている。王を殺したのは貴方だ」

 突然の沙雨の発言。皆が驚く中、久遠が鼻で笑った。


「何故だ?」

「貴方しかいない」

「失礼だね」

 一瞬呆れた様に微笑んだかと思うと、今度はにやりと笑った。


「その事は教えることはできないよ。またいつか会おう、沙雨」


 そう言うと二人は出口の扉に向かい、この場から去った。


 しばしの間があった後、静かに沙雨が口を開いた。


「天孤。───命令だ。朱音の記憶を戻してくれ」

「なぜ?」

「今の僕には、すべてを知った朱音が必要だからだ」

「なるほど。なぜ必要なのですか?」


 しつこいほど、深い所まで天孤は沙雨に質問してくる。


「僕には、吸血鬼としての朱音がいる。──否。……欲しい」

「我が主。本当にそれで良いのですか?」


 マーチが聞いてきた。しかし沙雨はそれを払いのける。


「お黙り。天孤、これは命令だ」

「御意。───とは言えません。記憶は朱音さんの物であり、僕の物ではない。僕はあくまで、彼女が真実を受け入れるまで、余計な負担にならぬよう、封じているだけなのです」

 天孤は淡々と告げた。

「記憶を戻すには、一度、朱音さんを試さねばなりません。合格しなければ、これからもう十年、朱音さんの記憶は戻りません。今までの記憶も失い、0に戻ります。───それでもいいのですか?」


 天孤は沙雨の瞳を見た。 強い目だった。 意志の強さが感じられ、彼の返事は聞かなくても分かる程だった。


「無論だ。駄目だった時は僕の力が足りていない、未熟だったという事だ」

「───それでこそ、沙雨さんですね」


 フッ、と微笑んで朱音に向き直った。

 そして鼻が付きそうなほど、顔を近くに接近させると、呪文を唱えた。

 次の瞬間、朱音の心臓が大きく飛び跳ね、意識は闇にのまれた。


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「朱音さんの魂が消えた……」


 アネッサは呟く。しかしその声はほとんど風にかき消され、何を言っているか分からなかった。


「貴方に過去の記憶は必要ない。貴方はこれからも何も知らないで、ただ普通にこの戦乱の世を生きていけばいいの」

「誰ですか? 朱音さんの神社で何をやっているのですか?」


 人影がアネッサに声をかけた。丁度風が弱まり、静寂が広がる。


「貴方は……静さん?」


 その人影は、よく朱音にお守りを貰いに来る使用人だった。


「なぜ、私の名を? ここは神の座ですよ。 貴方のような者が来るところではない。 立ち去りなさい」

「……ああ、そう言えば貴方、神だったわね。水の神〝ミツハ〟、だったかしら?」


「なぜ……それを……。───何者」

「私は過去と未来を視、未来を変える者」

「人間でその能力を持っているのですか。神の一部を授かったようですね……。 未来を変える、と言う事は人間が遊びでやっていいことではない。 身の程をわきまえなさい」


「……。舐めないで頂戴。私は私の信じる正義を貫いているの。遊びでやってるんじゃないわ。───なんだか悪い空気ね。神と戦う気はないわ。出て行くわよ」


「何が目的なんですか」


 石階段を下り始めようとしていたアネッサに静は声をかける。

 すると彼女は静かに振り向いた。月の光で見えるその顔は、表情はなかったものの、至極綺麗なものであった。


「言ったはずよ。私の目的はあくまで、私の信じる正義を貫くこと。正義を貫き、正しい未来に間違った人を導くためには、多少の犠牲も必要なのよ」


 そう告げて、アネッサは階段を下りて行った。