ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼と暁月 ( No.90 )
- 日時: 2012/10/09 00:04
- 名前: 枝垂桜 (ID: tDpHMXZT)
女王の前で沙雨がスッとひざまずいた。
女王の横にはメイドが二人と、執事が一人控えている。
「お初にお目にかかります」
「貴方の名はもう知っています。『闇に染まる可憐な花』を操る紅蓮の吸血鬼、沙雨───でしたね」
その言葉に沙雨は苦笑した。
「それは行き過ぎた噂ですね。僕が持つのは『闇華』であり、僕はただの吸血鬼ですよ」
「悪魔二人と神を手中に入れるのに、ですか?」
「〝手中〟? 彼等は僕に力を貸してくれているだけですよ」
女王は「そうですか」と軽く微笑むと、再び強い眼差しで沙雨を見た。
顔はまだ少女であるのだが、その眼差しは大人の女性が見せる余裕に等しい。
マーチも「これは女王には向いている」と思った。
「私が貴方を探していたのは分かるでしょう。そしてその理由も」
「はい」
「それを知っていて、私の元に来た理由は何ですか? ここは何百もの者たちが貴方を捕まえるために控えています。ここで私が命令を下せば、貴方は逃げる事はできないでしょう」
「それを知っていなくて、僕がここに来ると思いますか?」
「自重なさい。女王に失礼ですよ」
女王の傍に控えているメイドの一人が言った。
青いショートヘアに同色の瞳。丈の長いメイド服に身を包み、身だしなみも整っており、几帳面な性格を表わしていた。
そこまでは人と変わらないのだが、背中に大きなドラゴンの羽が生えていた。
女王はメイドの方を軽く見て、
「構いません。それと沙雨殿も。公用ではないので、楽になさって結構です。後ろの方々も」
沙雨の後ろで跪いていた寧々とマーチにも視線を向けた。三人は立ち上がって、マーチと寧々は服を整えた。
「それで、私に会いに来た理由は何ですか?」
「僕は貴方が僕を探していた理由を知っています。───それでも、僕には守りたい人がいます。
水袮久遠と皐月を殺して、守りたい人を守る事が出来た後は、僕を駒にしようが何にしようが構まいません」
「我が主、本気ですか?」
「僕はいつだって本気だ」
「それは誠の言葉ですか? 幽霊と契約を交わすと言う事は、どういう事であるか、知っているでしょう?」
「無論です」
幽霊との契約。
彼らと契約するには、己の心臓を契約相手に渡さなければならない。それは世界でも指折りの数に入る恐ろしい契約。
契約は達成する前に相手に一方的に破られる可能性がある。心臓を持っている側はその心臓に刃をつきたてる。
元々の心臓の持ち主は死に、契約はなくなる。しかし達成されれば、心臓は返される。
「すべてが終わった頃には、マーチとの契約も解消される。寧々と桔梗も故郷へ帰る。時雨は朱音と一緒に元いた神社に住む。天狐は前のように、朱音の守護神として働く。僕以外は、『以前』に戻るだけです」
「何言ってるんじゃ沙雨!」
「僕は本気だ。過去を繰り返さないために。僕は彼女が大切だ。だから守りたい。それだけのこと」
一息ついて沙雨は言った。その青く澄んだ瞳でマーチと寧々を強く強く、見つめて。
「『暁月』は生まれてくるべきではなかったんだ」