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Re: 吸血鬼と暁月 ( No.91 )
日時: 2012/10/09 20:30
名前: 枝垂桜 (ID: tDpHMXZT)




 部屋を出て行こうとした沙雨を女王が呼びとめた。


「お待ちなさい。……その『暁月』と言う存在は何なのですか? 部下を使わせて調べたのですが、その言葉だけは正体が分かりませんでした。貴方はそれを知っているのですね?」


「………ええ。もちろん」


 沙雨は女王を見た。その顔はなんの感情も映し出されてはいなく、完全なる無だった。


「沙雨、これは女王としての命令です。『暁月』の正体を」

「『暁月』とは」


 女王が言い終わるより早く沙雨が口を開いた。

 その場から移動して窓の傍まで行く。高い窓に下がった薄い青のカーテンを自分の体に絡みつけ、顔半分を隠す。

 カーテンより青い沙雨の瞳だけが覗き、女王を見つめた。

 女王も鋭い視線を向けている。その横では、少し身構えている使用人三人がいた。


「僕たち魔族の『最高君主』の名」

「最高君主? 魔族の最強種族は悪魔のはず。その最高君主はベルゼビュート卿。同時に彼が魔族の最高君主なのでは?」

「それは違う。彼はあくまで悪魔の最高君主。魔族の最高君主ではない。その魔族の頂点の座に座るのは『暁月』。昔も今も。永遠に」

「その方にはどうしたら会えるのですか?」


 女王は興味津津の様子で聞いた。

 沙雨は女王のところまで移動する。それを止めようとした使用人たちの前に女王の片手が出され、遮られた。

 沙雨は女王に接近し、座っている椅子の背に手を置いた。そして顔を近づけ、囁くように言い放つ。


「彼女には会えない。今の彼女の姿は人でも、怪物でも、悪魔でも吸血鬼でもない。小さな小さな入れ物の中に収められた、真っ赤な紅蓮の血」

「女性だったのですか? そして彼女は死んでいると?」

「ああ。貴方と同じ、女性だ。……そして彼女は確かに血だ。しかし死んではいない。血ではあるが確実に、今も脈を打ち続けている」

「彼女は何者なのですか?」

「彼女は生きる者の体を巣として糸を張り、自らを大きくする存在。だからこそ、生まれてこない方が良い。彼女は非常に欲深い。何度でも蘇ろうとする。

 しかし彼女が巣くれる体はこの世でただ一つ。巣くられた肉体は死に、『暁月』は蘇る」


「『暁月』は今どこに?」

「………僕の元に。しかし渡せと言う命令は受けない。魔族以外が彼女に触れば、死んでしまう」

「…………そうですか。残念です」

「貴方も十分欲深い」

「聞くに堪えました! 貴様! 女王様に向かってその口のきき方! 態度! この無礼者!」

「うるさいですよ、ルリア。下がりなさい」

「しかし……ッ」

「ルリア」


 その威圧にルリアと呼ばれたメイドが押し黙る。


「では僕らはここらで失礼させて頂きます。契約はまた後ほど」


 沙雨は窓を開けると、倒れるように真っ逆さまに落ちて、消えた。












「我が主、『暁月』の新しい体とは、もしや」

「………朱音だよ。確実に。サタン復活を企んだ皐月の元にも、『暁月』の元にも、朱音はやらない。絶対に」


 それは沙雨が時に見せる、強い覚悟の意志だった。