ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 吸血鬼と暁月 ( No.94 )
日時: 2012/10/14 16:20
名前: 枝垂桜 (ID: tDpHMXZT)





 黒に染まった大剣が久遠に真っすぐ向かって行く。竜の影が大きくなり、唸りを上げた。


 しかし久遠の前に翠色の瞳を持った少年───中国のミイラであるキョンシーの李園が立ちはだかり、戦う態勢を作ったが、シエルの足首に極太い植物のつるが巻き付いた。


 シエルは態勢を崩してしまい、床に叩きつけられた。


「……………ッッ!」


 体中に激痛が走り、その激痛を噛み殺す。


「シエル……ッ!」


 項垂れていたクロネがシエルを見て、その名を呼んだ。しかし今のシエルには音など入って来ず、聞こえなかった。


 その植物の正体は大蛇であり、植物の神であるシャルーゼの能力の一つだった。草木などの自然を自由自在に操ることが可能なシャルーゼは、それを利用してシエルの動きを止めたのだ。


 以前会った時には優しい顔つきで眠そうにしていた彼女が、今は鋭い目つきでつるを伸ばし、シエルの動きを封じている。



「何のつもりだ、シャルーゼ……ッ」


「あら、まだお分かり頂けませんこと? 私、実は久遠さん側の者なんですの。 雇われてずっと刺客をしておりました。 殺そう殺そうとは思ってはいたのですけど、意外に隙がなくて、手こずってしまいましたわ」


 自分の正体を明かしたあと「それにしても」と付け加えた。


「てっきり気付いてつるを払うのだと思っていましたわ。
つまらないですねぇ・・・もっと楽しませてくださると思ってましたのに」



 「ふわぁ」とあくびをして見せる。シエルはシャルーゼをギッと睨みつけたが、彼女にとって今のシエルは、首輪で繋がれた番犬に等しい。怖いどころか、かゆくもなかった。


「シエル!」


 クロネが操る剣の形をした影がシャルーゼに伸びてきた。それを軽々と避けて、紫色のドレスの中から扇子を取り出し、それをクロネに向かって投げた。


 つるに足を取られたクロネは避ける事が出来なく、扇子はクロネの腹を切り裂いた。


「ッッッ!」


 がくっ、と膝が折れ、床に倒れこむ。

 清潔を思わせる白いメイド服が見る見る紅蓮に染まっていく。



「この程度? こんなことでは話になりませんわ、もう一度哺乳瓶から始めてはいかが?」



 鉄扇と呼ばれる戦闘用の武器を拾い上げ、怪しげに微笑んで見せた。



「クロネさん……ッ!?」


 シエルが倒れこんだクロネの元へ行こうとする。しかし、



「では任務を遂行しますわ。 刺客として、輪廻シエルの暗殺をしましょう」



 短剣を取り出し、それをシエルに向かって振り上げた。その時、



「『闇華』───〝散って〟」



 沙雨の囁く声が聞こえ、『闇華』が短剣を真っ二つに切った。そして短剣は桜の花弁と化して、すうっ、と空気中に溶けてなくなってしまった。


 シャルーゼはそのまま流れるように向かってきた『闇華』を、頬にかすりながらも避けて、後退した。


 しかしつるは全員の体に絡みついて、締めつけた。


「貴方たちはもう帰れない。ここが墓場になるのよ」


 皐月が怪しく告げる。沙雨はその言葉に笑った。


「それは無理だね。朱音が待っているんだ。帰らなくちゃ」


「帰さない。大丈夫。『暁月』と一緒に朱音ね連れて来てあげる」


「なっ───」



 瞬間的に、この部屋に闇が広がり暗くなった。そして沙雨たちの意識が遠のいた。


「だからちょっとだけ、眠っていて。私の可愛い沙雨」


 その言葉を最後に、沙雨は意識を手放した。