ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 吸血鬼と暁月 ( No.97 )
- 日時: 2012/10/25 21:48
- 名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)
現在、皐月の管理下に置かれた『暁月』は、この城から数百メートル離れた所にある塔に保管されていた。
塔には『暁月』の力を押さえる結界を無数に張り巡らせ、完全に孤立させていた。
新しい『体』となるはずの朱音がこんなにも傍に居るのだ。覚醒してしまうこともありうる。いくら皐月でも『暁月』を駒として操るのは無理だ。ならばまだ力を持たぬ『血』の姿のまま、落ち着かせておくのが得策である。
アレクシアが言っていた通り、すべては『最初』から仕組まれていた。何もかもが。『暁月』の手によって仕組まれていた。
この事実に皐月が気付いたのはほんの最近。
自分はただ新しい『体』となる朱音と、呪われた魂の沙雨を集めるためだけに用意されていた『駒』。
人を『駒』にしていたと思っていたら、『駒』になっていたのは自分で。
人を愛しているのに、愛されていないのは自分で。
自分の体に刻み込んだ『愛』の象徴。それは幾数に刻まれた傷跡。同族の悪魔にさえ、忌み嫌われてきた彼女は寂しかった。その分自分を痛みつけて、気が狂わないように、刻みつけてきた。
忌み嫌われてきたのにも関わらず、彼女は人を愛し続けてきた。そう、ずっと───復讐をするために。
愛も持って復讐を成す。
愛さえあれば、その屍を愛する事が出来るのだから。
────皐月はとっくの昔に狂っているのだ。自分でも気付かない間に。
「皐月」
ずっと無言で後ろに付いて来ていた久遠が彼女の名前を呼んだ。
彼の意識を操る際、少し小細工をした。彼の元々の性格は、明るいはずだが、それをいじった結果、物静かで無口な男になってしまった。
それでも彼の元々持っていた気性は変わらず、洞察力が高く、人の少しの変化も見逃さなかった。無論、皐月の心の変化も、顔に出る少しの変化から読み取っていた。
「どうしたの?」
皐月はいつもどおりの様子を装って振り向く。しかし久遠にはそんなことお見通しだった。
「………皐月、泣かないで」
「……〝泣く〟? 私が? ふふ。泣かないわよ」
「皐月、泣かないで。どうして泣くの?」
「泣いてないわよ。久遠、沙雨たちの様子を見て来て」
「皐月、絶対泣かないで」
久遠はそう言うと踵を返した。
皐月はその背を見て軽く微笑むと、『暁月』を収めている部屋へと向かった。
久遠は不安だった。皐月が今にも泣きそうな顔をしていたから。彼女は自分の大事な人。だからこそ、絶対に泣かないで欲しい。
突如、久遠を先が刃物状になった花弁が襲った。
すばやくそれを避けると、花弁は床に落ちて跡形もなく消えた。
「『闇華』───〝殺して〟」
そこには二メートルもある太刀『闇華』を片手に久遠を睨む沙雨の姿だった。
沙雨は必ず脱出するだろう。そう思っていた久遠は焦ることなく、腰にある鞘から二本のブロードソードを抜いて身を構えた。
「ここからは行かせない」
「朱音を返してくれたら、それで十分だ」
二人はその深く青い瞳を深紅の色に染めた。