ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 吸血鬼と暁月 ( No.98 )
日時: 2012/10/28 00:27
名前: 枝垂桜 (ID: tVX4r/4g)




 思い通りに動かない手を必死に動かして、朱音はあがいていた。

 なんとかこの鎖から抜け出して沙雨の元に行かなければ。もう一度、彼の顔が見たい。


 そんな朱音の思いはなかなか届かない。鎖には何の変化も生じていなかった。


「沙雨……っ」


 ぽろりと涙が一粒零れた。

 なんでこんなにも寂しいのだろう。なんでこんなに悲しいのだろう。

───本当に沙雨にはもう会えないような気がして怖かった。


「お願い……っ、外れて……! 外れて……ッッ!!」



ピシッ、



 そう喉から絞り出した途端、鎖にヒビが入った。そして次の瞬間、ヒビが大きくなり、バキバキと音を立てる。最後には、粉々になってしまった。


 手は自由になったが、足には重い鎖が壊れることなく残っている。それでも構わず朱音はそれを引きずりながら歩き出した。



「返して……」



 薄い唇を朱音の声が割った。


「皆を返して……ッ」


 神社を。隠れ家を。半兵衛を。ファウストを。皆を。


 持っていったのは誰? 大切なものをすべて持っていったのは。


「………私だ……」


 朱音からすべて始まった。


 ならば自分から始まり、自分で終わろう。自分で、終わらせるのだ。


「沙雨……っ、逢いたい……っ」


 そして朱音の瞳がひときわ濃い紅蓮に変貌した。

 朱音はその部屋の扉を押して部屋から出ると、沙雨の元へと歩き出した。






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「李園ー、一人残らず全員毒漬けにしたよ〜」


 「死にかけが六人」と付け足した。


「皐月殿見なかったかぃ?」

「見てない。久遠はあっちで沙雨と戦闘中ぅ」

「あの人たちは気紛れだからすぐ帰ってくるだろうねぇ」


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 皐月は『暁月』を収めている部屋の扉を開けた瞬間、その部屋に立ちこめる異臭に言葉を失った。


 強い匂いの正体は血。鉄を含んだ大量の血。


「『暁月』……ッ!?」


 体を持っていない彼女が一人だけで動けるわけがない。そう思い、『暁月』が入っていた壺を覗くと───空だった。



≪───時は来たれり≫


 突然皐月の頭の中に不気味な声が響いた。

 女の声。おそらくこれは───『暁月』の声。


≪───時は満ちたり≫


 声はまた、こだまする。そして一瞬にして、皐月の意識がどこかへ引張られてゆく。


≪───時は溢れたり≫


 意識が遠のいてゆく。自分の意識の代わりに、知らない誰かの意識が入ってくる。


≪───身体は貴方≫


 真っ黒に塗りつぶされてゆく。


≪───貴方の愛と一緒に、私の愛も連れて行って頂戴?≫



「あああああああああああああああああああああああああああああ──────────ッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」




 皐月の唇を悲鳴が勢いよく割った。そしてその時には、皐月の意識は完全『暁月』に乗っ取られていた。



『………時は満ちたり』



 皐月───否、皐月の姿をして、この世で最も濃い赤に瞳を染めた『暁月』が立っていた。




『………時は来たれり』










───時は確実に刻んでいる。

   そして今、二つの歯車が完全に交わった瞬間だった。


   そして最期を迎える。