ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ジェットブラック ( No.18 )
- 日時: 2012/02/10 22:52
- 名前: K-10 ◆f62.Id/eYg (ID: r6yRxP5o)
第五章
「…これはっ…!」
地下の研究室。先程も散らかっていたがこれは先程の比ではない。
長机の上に乗っていたビーカーやフラスコの破片が散乱しており、
バーナーが転がる先のガス栓からは異様な臭いが漏れだしている。
アレックスは動揺した様子でエメラルドの瞳を揺らしていた。
「何者かと争ったようだな」
ギルバートが冷静になってガス栓を閉じる。
「見て、あれ!」
マチルダが何かを見つけた。指を指す方向を見てみると、壁に
メモ書きが貼ってある。
「“魔女の魂を持つ者に告ぐ。犠牲を払いたくなくば貴様が生贄となれ”…随分とまどろっこしい書き回しだな」
ギルバートがメモを手に取った。
「そんな…」
頭を抱え込むアレックス。声も体も震えていた。
恐怖と怒り、虚しさが入り混じった中途半端な感覚に襲われる。
「とにかく、博士を連れ戻しに行くぜ。このままタダ働きは御免だからな」
ギルバートがアレックスの動揺を振り払うかのように言った。
マチルダに支えられながら、アレックスはハシゴの近くまでやってくるとゆっくりハシゴを上っていった。
「精神的にキテるな」
「無理もないわ。きっと自分のせいだと思ってるのよ」
アレックスの耳には届いていないようだった。
「…………」
ハシゴを上る小さな背中を何かに思いふけるような目で
見つめるアイスブルーの目。普段は冷たい印象を受けるが、
今は少し悲しげな雰囲気がある。
「昔と重ねてるんでしょ?」
「少しな」
あまり気分が良くないと言いたげな顔。頭を両手で掻きむしった。
マチルダは掻きむしっている手を止めるように掴んだ。
「いいじゃないの。正しい感情が戻ってきた証拠よ」
少し微笑んで、ギルバートから離れる。そして、ハシゴに手を掛けた。
「先上ってるわね」
アレックスはすでに上りきっており、上から顔を出している。
「おーい。何しているの?」
「あ、今行くわ」
マチルダがハシゴを上ろうとしたとき、ギルバートは何かに感づき
一瞬だけ目を見開いた。が、すぐに目を細める。
「マチルダ」
「…えぇ、分かっているわ」
マチルダはハシゴから手と足を離し、飛び降りた。
宙に浮いている間に、体を粒子に変え、ホルスターに収まる。
「えっ!?」
上から見ていたアレックスは小さく驚きの声を上げた。
「アレックス。そこを動くなよ」
ギルバートは大急ぎでハシゴを上っていく。残り四分の一に
差し掛かったとき、腕に力を入れて飛び上がった。
「え、ちょっ…」
アレックスが慌てて体を引くとギルバートが宙に浮き、黒いコートをふわりとなびかせながら床に着地した。
「一体、何!?それにマチルダが…」
「静かにしろ!」
ギルバートはピシャリと言い放つと、
睨みつけるような目つきで辺りを見渡す。
ガスの臭いが充満しているだけで何も無いが、
微かな気配を玄関のドアの向こうに感じた。
「誰だ」
右のホルスターに手を掛けようとした、その時。
持っていたメモ書きの文字が滲み出し、違う言葉が浮かび上がった。
“犠牲は聖なる炎によって払われる”
「…!アレックス!」
叫んだと同時に玄関の扉に穴が空き、
火の玉がアレックスの髪を掠める。
「…えっ」
その一瞬時が止まったように思えた。しかし次の瞬間。
火花が散り、それは大きな衝撃波となって爆発を起こした。
土煙を巻き上げ、大きな音を立てながら家が崩れる。
幸い人は歩いておらず、周りの家を巻き込むことは無かったが
二人の姿が見当たらなかった。
「まさかこんな簡単に死ぬわけないよね」
斜め向かい側の屋根からその様子を眺めている人影がある。
赤毛に、コンタクトを入れているのか。
紫色の瞳を持った男がタバコをくわえながら立っていた。
歳はギルバートよりも少し年上に見える。