ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ジェットブラック ( No.2 )
- 日時: 2012/01/07 19:38
- 名前: K-10 (ID: r6yRxP5o)
第一章
とあるマンションの一室。
最低限の物以外は埃が漂っているだけの空間に電話のベルが鳴り響く。
それは空気を伝って、
ソファーで毛布を被って寝ている男の耳を突っついた。
「ったく、朝から何だよ…」
寝癖のついた頭を抑えながら、気だるそうに体を起こす。
欠伸をこぼし、伸びをするまでに15秒。
この間にも電話は鳴っている。
床に足を着けるまでに30秒。立ち上がるまでに40秒。
デスクの前に行くまでに45秒。
「はいはい。出ますよ、出ればいいんだろ」
48秒経過。
そして、受話器を取るまでに50秒——。
「あ…」
受話器をとる前に電話が切れてしまった。
「かけなおすか」
着信履歴からかけなおそうとボタンに指を伸ばそうとしたとき、
再び電話が鳴った。
「よっぽどせっかちな依頼人なんだな」
男は少し驚きながらも
受話器を耳にあてた。
「ギルズ・エージェンシー」
『…あぁ、やっと出てくれた。君がオーナーのギルバートかい?』
電話の向こうの声は中年の男だった。
「そうだが…ん?“やっと”?」
ギルバートは電話を長い時間、放置していたことを理解した。
『あぁ、いいんだ。そんなことより、依頼したいことが』
「どうぞ」
『………』
男の返事を待ったが、
しばらく沈黙が続いた。
(イタズラか?)
ギルバートの仕事は銃士である。恨みを買われることも多く、
そのため一カ所に留まらず世界を廻っている。
異国民はよほど珍しいのか、興味本位でかけてみたが
ワン切りするものや嫌がらせの電話も多々ある。
この電話もその手のものだろう。そう思った時。
『依頼しておいて申し訳ないんだが、ここでは話せない。直接会って話したい』
「…わかった。で、とこで?」
イタズラ電話でないことは分かったが、
“直接会って話したい”から危険な仕事だと感じた。
ともなれば、戻ってくるモノの大きさもかなり大きい。
『事務所の場所を教えてくれればいい。人目に付かない場所で話したいんだ』
ギルバートが事務所の場所を告げると
電話の男は礼を言って電話を切った。
ギルバートはカーテンを開けた。射し込む光に思わず顔に手をかざす。
「今日はやけに晴れてるな」
目が慣れると、まるで映画のセットのような街並みが
目に飛び込んできた。
塀の上を歩く猫や市場で買い物をする人々、やけに晴れ渡った空。
作り物のようであってそうでない世界。
「やっぱり、この国はあまり好かないな」
ぼそりと呟いた時——。
ジリリリリ。
チャイムが鳴った。
「依頼人か」
玄関に向かい、鍵を開けチェーンを外す。
そして、扉をゆっくり開けた。
「ギルズ・エージェンシーはここで合ってるかい?」
そこに立っていたのは細身で眼鏡をかけた男だった。
「あぁ」
男はギルバートをまじまじと見つめていた。
「…早く来すぎだ。着替える暇が無かった」
だらしない格好をしていたのでそれに驚かれているのかと思った。
「いや、思ったより若かったから。電話の声で三十路はいってるかと…」
男は穏やかな笑顔を向けたが
ギルバートはあまり気持ちがよくなかったようだ。
「とにかく入れ」
無造作に頭を掻き、ドアを広げた。
靴の音が埃を巻き上げながら部屋の中へ入っていく。
リビングに着けば、開けっ放しのカーテンから射す光で埃が照らされ、さぞかし凄いことになっていることだろう。
さすがのギルバートも
こんな所に依頼人を呼ぶのも気が引けるような気がした。
しかし、それは杞憂に終わった。
「いらっしゃいませ」
さっきまでそこにいなかった白いワンピースの女がいた。