ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: ジェットブラック ( No.7 )
日時: 2012/01/09 21:10
名前: K-10 (ID: r6yRxP5o)

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「だーかーらー、帰りたくないって言ってるのに!」
マンションの一室。
ソファーにかけているエメラルドグリーンの目がつり上がった。
不健康そうな青白い顔とは裏腹に勢いのある言動。
「おいおい。俺にタダ働きしろってのか?どんな思いしてお前を助けたと思ってんだ」
ギルバートはデスクの椅子にもたれながらやれやれと言いたげに目を閉じた。黒いコートは椅子にか掛けられている。
「ボクは助けてなんて頼んでない」
「依頼人に頼まれた」
「だからその依頼人のもとには…」
子供はソファーから立ち上がろうとしたが、
隣に座っているマチルダが手で制した。
「落ち着いて。どうしてあなたは帰りたくないの?」
目を見つめながら優しく問いかけたがその顔は俯いてしまった。
「…死にたかったんだ」
さっきまでの勢いのある言動が嘘のように沈んだ声色で呟いた。
「死にたいだって?」
ギルバートが椅子から腰を浮かせて、前のめりになっている。
目は「はぁ?」とでも言いたげに大きく見開かれていた。
「お前そんな年で…何があったが知らねぇが死なれたら色々と困るんだよなぁ」
「どうせ報酬でしょ?」
「それだけじゃねぇ。魔女の魂が悪用されて世界が滅んじまうかもしれないだろ?」
「悪用?確かにボクを誘拐したのは下級悪魔だったけど、売ったのは魂じゃなくて血だよ」
「なるほどね。魔女の血は高くつくから」
マチルダが感心したように腕を組んでいる。
「何だ。つまんねぇな。せっかく世界の危機を救うヒーローになれると思ったんだが」
ギルバートは残念そうに肩を落とした。
「ギルったら」
マチルダが呆れたように苦笑する。
「最近ろくな依頼が無いからか、夢も見たくなるってモンさ」
そんな和やかな雰囲気とは裏腹に青白い顔は声を絞るように言った。
「ねぇ。ボクはどうすればいい?」
その声に部屋の中の空気が一瞬だけ凍りつく。
いや、声だけでなく悲愴に歪んだ青白い顔が
凍りついた空気をさらに冷やした。
「と、とりあえずクロイさんのところに帰ればいいんじゃないかな」
冷たい空気を取り払おうとしたマチルダだったが逆効果だったようだ。
「そうじゃないよ!どうしたら死ねるの?ねぇ!?」
悲痛の叫びは壁を伝って反響する。
「ボクは簡単には死ねない体で、死のうとしても痛いだけだ。悪魔に血を渡せばいくら何でも死ねるだろうと思ったのに」
その後、しばらく無音の時間が続いたがギルバートが面倒くさそうにため息を吐いて頭をガシガシと掻き、無音が事切れた。
「これだからこの年頃のガキは」
デスクの椅子から立ち上がり
ソファーの向かい側の小さな箱に腰掛けた。
「死にたい、死にたいって縁起でもないこと言ってんじゃねぇ!そんなに悲劇の主人公気取りたいのか?」
ギルバートが間に挟まっているテーブルを拳で叩いた。
テーブルの向こうで華奢な身体がビクッと跳ねる。
しかし、一瞬だけ驚愕に染まった顔も次第に沈んだ色に戻っていった。
「本当に悲劇さ。主人公はボクじゃないけど」
エメラルドの瞳を悲しげに伏して続けた。
「他人を犠牲にしてまでボクが生きるなんて、可笑しい」
消え入りそうなほど小さいが、吐き出すような苦しそうな声。
「…よく分からないけど」
マチルダが子供の肩に手を掛けた。
「色々と辛いことがあったみたいね」
顔を上げた子供の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「…依頼人の所に行ってくる。事情は話したくないだろ?」
ギルバートはデスクの前に行くと、
椅子に掛けてあるコートを羽織って外に出た。