ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ジェットブラック ( No.8 )
- 日時: 2012/01/14 22:23
- 名前: K-10 ◆f62.Id/eYg (ID: r6yRxP5o)
- 参照: トリップつけました
第三章
映画のセットのようなポップな街並み。
行き交う人々の服装や雰囲気も街並みに合った温かみのあるものだ。
そして、場違いなほど
殺伐とした雰囲気をかもし出しているギルバート。
本人にそのつもりは無いのだが
どうしても黒いコートが目立ってしまっているだ。
(これだからこの国は)
すれ違う人は皆二度見する。
そんな異国民にギルバートは鬱陶しさを感じた。
奇妙なもので、にぎやかで平和そうな国であるにもかかわらず、
一歩出れば何もない荒野。
完全に隔絶された場所である。
まるで国と言うよりその場でこしらえたような街だ。
ギルバートが足早に街並みを抜けると、街の外れに出た。
風景が少し変わっただけだが先ほどの喧騒とは無縁といった、
落ち着いた場所だった。
「この辺りだな」
住所の書かれた紙を懐から取り出し、足を止めた。
そこには古ぼけた一軒家があった。
ドアの前に立ちノックする。
少しの間待つとドアノブが動き、扉が開いた。
「やぁ。君か」
クロイが立っていた。
「依頼は解決した」
ギルバートがにこやかにしているクロイに対して素っ気なく答えた。
するとクロイの顔は一瞬驚いていたが瞬く間に笑顔になった。
「本当かい?よかった。あの子は無事なんだね?」
歓喜に満ちあふれた声。
だが、ギルバートの顔には困ったと 書いてある。
「それがな、喜んでもいられないんだ」
ギルバートがこめかみを掻く。
「帰りたくないんだとよ」
「え?何だって?」
ギルバートはあの子供から聞いたことを全て話した。
「そうか…。そんなことを」
クロイは少し悲しげに微笑んだ。
「何か心当たりはあるのか?」
「君を困らせてしまっているようだから、詳しく話そう。入ってくれ」
家の中に招き入れられる。
玄関に上がると大きな扉が待ちかまえていた。
しかし、クロイはその扉ではなく、
扉の前の床をコツコツと叩き始めたのだ。
するとその床に正方形の穴が空き、底に抜けた。
「お客をこんな場所に呼ぶのは気が引けるんだけどね」
クロイが肩をすくめた。
「それはお互い様だ」
ろくに掃除もしていない事務所に客を招いてしまったこともあり、
気にしてはいなかったが、床が口を開けているだけで
階段やハシゴらしきものが見当たらなかった。
仕方なくギルバートは穴から飛び降りたが、
クロイは口を開けて驚いていた。
「若いって羨ましいなぁ」
ギルバートにはその言葉の意味がよく分からなかった。
クロイが穴から退くと
ゴソゴソと音をさせながら何やら長いものを持ってきた。
「そういうものがあるなら最初に言えよ」
クロイがハシゴを下ろして地下に降りてきた。
「いや〜。先にハシゴを掛けておくべきだったね」
この国の国民の特長なのだろうか。
すれ違った人々もクロイも皆にこやかである。ただ一人を除いては。
(平和ボケしてんだな。この国は)
声には出さないがギルバートの表情は少し苛ついていた。
そんなこととは知らずクロイは微笑んだまま、
掛けたハシゴのすぐ横にあるスイッチを押した。
すると天井に吊り下がった電球に灯りが灯る。
あまりにも頼りない光が映し出したのは
実験器材が散らかった長机と難しそうな数式が書かれた黒板、
そして薬品の入った瓶や分厚い本が並んだ棚だった。
「済まないね。こんなに散らかっていて。君のように良きパートナーがいれば少しはマシなのかもしれないが」
「一応言っておくがそんな関係じゃない」
「それは失礼。さて、そろそろ本題に移ろうか」
クロイが笑いながら 棚に向かい、
本と本の間に挟んである一冊のノートを取り出してきた。
「これは?」
そのノートがギルバートに差し出された。よく見ると小さく右下に“アレックスへ”と書いてある。
「これは私の日記だ。あの子を造り出してからずっとつけている」
さっきまでの笑顔は消え去り、至ってまじめな顔になった。
「実はね、あの子の魂のもう半分は私のものなんだ」
「…それで、死期が近いとか言い出すんじゃないだろうな?」
ギルバートは大して驚いている様子も無い。
「困ったな。お見通しか」
クロイがフッとため息をついた。
「その日記をあの子に渡すつもりだったが、もう気づかれてしまっていたとはね」
「それであんなに死にたがっていたのか」
「全く情けないよ。私は」
クロイが無理矢理笑おうとしていたが、
その笑みは涙のない泣きっ面にしか見えない。
そして顔を上げると静かな声で言った。
「この日記、渡しておいてもらえるかい?」
「それはあんたが自分でやることだ」
「そうか…」
クロイは悲しそうな顔をしたがまだ笑おうとしていた。
「それなら。あの子に言っておいてくれ。死んでも魂は私に還らない、と」
「…わかった」
あればいい程度の灯りの中、少しばかり重い空気が漂う。
「わざわざ悪かったね。お茶でも…」
「いや、結構」