ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: “Daath” ( No.8 )
日時: 2012/01/21 09:23
名前: たけのこごはん (ID: VaYZBoRD)
参照: 書き溜めてたのを一気に投稿するよママン

「えっ、わっ……私?」

いきなりの指名に驚いたらしく、持っていた霧砂を落としたその少女。
相手、千波聖羅が(さっきの発言から推測した事であり、それが彼女の名前かどうか確証は無いのだが)己を落とした事に不服そうに一鳴きすれば人の姿に戻る。
そして、口元に野生の動物のような、獰猛で不敵な微笑みを浮かべた。

「……容赦は、できない」
「私も、丁度欲しいCDとギターがあったんですよ。そろそろ防音加工もしたいですし」

聖羅の欲しいものが全て音楽関連の物だった。
だが、遠慮をするつもりは全くないような口振りで、彼女の瞳には確かに、静かで凄絶な闘志が宿っていた。
相手の返答を聞くと満面の笑みで、まるで犬が吠えるように短く返答すれば、相手を見つめて首を傾げた。

「改めて、俺、宮本霧砂。よろしくな!」

へらりと気の抜けたような笑みでそれだけ言い残せばくるりと聖羅に踵を返してヴィエ・マルシェ付近にある待機室へ走りだす。
待機室のドアを勢い良く閉めるとにやりと顔を笑みの形に歪め、まあまあ汚れていない囚人服の替えを待機室のテーブルにばさりと広げる。
天井からさげられるような形で壁に設置されているモニターから見える会場にいる観客が興奮し、ざわめき、血と熱狂を求めている姿に打たれてぞくりと震える。
その震えは怯えではなく、興奮によるものだった。
霧砂はそれを吐き出すために獣のような咆哮をできるだけ抑えめに吐き出し、ソファに体を沈めた。

『出場選手は会場まで移動してください』

アナウンスを聞いてゴム仕掛けの人形が跳ね上がるように立ち上がれば勇ましく、しっかりとした足取りで会場に歩を進めた。
聖羅は余程緊張しているのか、スピーカーから聞こえる声に意味もなく答え、ゆっくりと会場へ向かって歩いて来て……
そして、霧砂が出てきた少し後に会場に姿を現す。
その一連の様子が霧砂には近くで行動が行われているように聞こえる。
これも全て彼女の持つ能力のおかげなのだ。

『青コーナァ! 期待のルーキー! ポーン、千波ィィイ聖羅ァァア! 対する赤コーナーは……我等が獰猛クイーン、宮本ォォオ霧砂ァァア!』

視界の興奮した声に反応して反射的に遠吠えを一つ観客席に放ち、遅れて姿をあらわした対戦相手に挑発的な笑みを送る霧砂。

『Ready……Fight!!』

絶叫するように放たれた試合開始の音と共に霧砂の着る囚人服の腕辺りを強引に突き破って飛び出してきたのは漆黒の毛がしなやかな筋肉を覆い尽くした酷く獰猛な獣の腕だった。
相手が己腕の大きさにごくりと無意識のうちに唾を嚥下するのが分かった。

「面積が大きいのは私に有利ですが……まともには喰らえない……なら」

『あ!』と自分にも当たるぐらいに大きい声を一気に出し、その振動を増幅、さらに範囲が大きいものに反響させることで、攻撃としては充分な威力を持った声として霧砂……いや、それだけではなく自分を含めた全体に吐き出したようだ。
だが、自分の声に相殺されて大した傷ではないのだが、聖羅の足からは多少の出血があった。

「ガウゥ!?」

驚愕の声と同時に獣毛が大量に舞い散り、背中や腹、そしてむき出しの足が裂けて鮮血が迸り、囚人服を所々赤に染め上げる。
そして、暫くして驚きに目を見開きながらリングに突っ伏す。
……数秒間のたうちまわっていたが、すっくと立ち上がった時には、鱗のようなものが傷があるべきところに在り、その場所場所を中心として鱗が肌に這うように広がっていっていた。

「はぁ……はぁ……これで流石にあの巨体も……あ、れ? なんか脚がヒリヒリする……ッ!? 私の脚から血が……」

元バンドのボーカルと言う職業の高い肺活量を活かした大声の瞬間放射が終わり、聖羅はやけにヒリヒリする自分の脚に目を落とした。
すると、自分の脚からは少量なれとも“自分の血”という物が出ていることに気付く。
そして、自分の血を見た聖羅は、そんな事で落ち着くわけがないのだが、少しでも自分を落ち着かせるために、大きく息を吸って呼吸を整えた。
さらに、落ち着いていない事が分かるように、霧砂に鱗が出現していることなど全く気付いていなく、ただただ自分の脚を見ながら呼吸を整えていた。
そんな聖羅を見て反射の遠吠えとは比べ物にならない、本気の咆哮を一つかませば、霧砂の全身を鱗が覆う。
何をうろたえていると言わんばかりの視線を向けつつシューシューとまるで、『蛇』のような音を発しながら身構える霧砂。
正気をとうに失っている聖羅は全くそのことに気付かず、自分の脚から止まらない血を見続け、数秒後……

「きゃああぁあぁぁぁあぁああぁ!」

最初の大声の攻撃とは比べものにならない程の悲鳴を上げた。
悲鳴ならではの異様なまでに高い音が、増幅、反響され——振動数、振幅、範囲、全てが最大級の音を聖羅を大元として放った。
肺の限界=自身の限界を……“恐怖”その感情が霧砂を既に気にすることもなく永遠と吐き出し続けられる。
今の聖羅に見えているものが有るとすれば、自分の脚から流れ出る真紅の血の色だけであろう。

「ッ……!?」

強固な鱗に覆われていても尚それを裂かれ、成す術もなく倒れる。
更に立ち上がろうとするも、それを封じるように音が霧砂に切掛かり、そのまま貧血により意識を手放す。
獣である彼女は、耳も使い物にならなくなっていた。
……そう、音波攻撃には非常に弱いのだ。

『勝者 千波ィィイ聖羅ァァア!!』

司会が絶叫すると同時に、観客も意味も無く絶叫する。
それは、一つの戦いの終焉を意味していた。