ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 彼女は永久に本を読む ( No.2 )
日時: 2012/01/21 15:24
名前: 夜道 ◆kaIJiHXrg2 (ID: KjZyd1Q/)
参照: 神隠しに会う は仕様。 神隠しの相手が人間なので、会うって考えです

 森には魔女が出るから、夜は外出してはいけない。
 子供のしつけによく使いそうな常套句とでも言うべき決まりが、この村では定められていた。
 森は、村の祭壇の奥にある。 そして、魔女が居るという廃村がその先にある。 聞いた話では、三千年以上前からそこにあるらしい。
 三千年間もそこにあるというのに誰も撤去しないのは、妙な話だ。
 確かに、盗賊に襲撃でもされたのか、当時の村人の人骨はそこらへんに転がっているわけだが。 そんな、死んだ人間の抜け殻を怖がる方が理解できかねるというものだ。 俺は、結構よくその廃村に居る。
 自分の村に居ても、いい年なのだから、しっかりしろと大人連中に言われるばかりで。 面白いことも無ければ、町まで買出しを頼まれたりと面倒なだけだ。
 人骨を恐れる大人は情けないような事を言ったが、俺だって近づいたことの無い場所はある。 廃村の真ん中にある八つの塔がまるで鳥篭を模したように門を構えているその中。
 その中にだけは、どうしても。 寒気がして、入りたくない。
 夜はひとりでに灯をつけるし、気味が悪い。 村の連中はそれを呪いだの何だのと理由をつけるのだが、俺はただ単に盗賊のアジトにでもなっているのだろうと思う。
 ただ、村に生まれてこの方、盗賊など一度も来た事が無い。 それが逆に気味が悪い。

 廃村の広場。 祭壇の上で昼寝をしながら、こんな事を考える俺もどうかしている。
 白髪を掻き乱し、彼は上半身を起こした。 寝ぼけたような真紅の瞳が木々の間を見回し、誰もいないことを確認する。 ここに俺が居ると知っていても、村の連中は誰一人として近づきたがらない。 静かだし、昼寝にはもってこいだ。 
 彼の瞳が、木々の隙間に隠れる獣を炙り出すように。 周囲を見回す。

  バキッ

 小枝折れる音。 それも、これは四足歩行の動物よりも二足……人の足音に近い。
 その音に、反応し、起き上がった。 だが、そこには誰も居ない。 はずなのだが……一瞬、金色の何かを見たような気がした。
 横に寝かせてあったエストックを手に取ると、音のした方向に構える。
 動きが一切無い……気のせいか。
 そういえば、魔女は金髪だったっけ? ……馬鹿らしい。
 彼は再びその場に寝そべると、寝息を立て始めた。

 *** *** ***

 ずいぶん、よく寝た気がする。
 辺りは真っ暗。 月が昇っている……わけではないらしいが、妙に明るい。 ああ、寺院か。
 エストックを鞘に収め、そのベルトを腰に巻く。 そういえば、暗くなるまでここにいたのは初めてだな……少し、あの中を覗いてみるか?
 軽い気持ちで、寺院に近づき門の横の窓を覗き込んだ。 中は本棚が壁を覆うように並び、場所を埋め、天井からは鎖で分厚い書物の収められた本棚がいくつもぶら下がっている。
 そしてその真ん中にあるスペースに、それは居た。

 ドンッ!

 それを見た途端、顔の横に何かが突き刺さった。 ゆっくりと、横を見ると、そこに突き刺さっていたのは刃の無い黒い短剣。 それが、石の壁を貫いていた。

 「悪いが、騒ぎに来たのであれば他所へ移ってもらえないか?」

 寺院の中心を陣取り、それは書物を読み漁っていた。目の前の床にいくつも本を並べ、それを眺めながら、こちらに話しかけている。 氷以上に冷えた雰囲気を醸し出しながら、その血走ったような真紅瞳が、一瞬だけこちらを見据え、本へと戻る。
 しばらくの沈黙が続き、返事が無いのが気に入らないのか、彼女はこっちを向いた。
 どうみても、盗賊や化け物の類ではなく、可愛らしい顔立ちの、金髪の少女。 見た目だけだと同い年くらいか?

 「君は……。 まあ、いい。 内部見学は構わないが、騒ぐのだけは勘弁してくれ」

 彼女はそれだけ言うと、再び本に向かった。 恐らく、こっちの事など一切気にも留めていない。
 改めて、扉から中へ踏み入るわけでもなく。 窓から身軽に侵入し、周囲を見渡す。 円柱状の寺院の内部に、並んで灯された無数の松明が本を照らす。 適当な本を手に取り、タイトルを見るがまったく読めない。 見たことも無いような文字を使っている辺り、これは三千年前の書物か? 三千年以上昔の寺院だ、十分ありえる。

 「……それは“醜いアヒルの子”その横に並んでいるのが“ガリバー旅行記”だ。 童話は、中々面白くてな。 今、私が読んでいるのも童話だ」
 「これが……読めるのか?」
 「これが読めなければどうするのだ、私は悪戯に並べられた文字のような絵を眺めているとでも? ……そうか、外界では文字まで変わってしまったか」

 ……変わってるのはお前だ。 古代文字だぞ? そんな文字を読解できる奴なんて、今の時代、考古学者くらいのモンだ。

 「そうだな、もとより愛想の無い私だが、これでも少し客人はうれしい。 数千年ぶりの会話だ、そこの本棚の影にテーブルと椅子がある。 掛けていてくれ、私は茶菓子を持ってくるとしよう」

 彼女は入り口から一番遠い本棚をさして、にこりと笑った。 最初の、冷えたイメージとは真逆。 

 「ところで、君の名は何と言う?」
 「……お前は?」
 「私は……」

 彼女は困ったように周囲を見回すが、見回したところで本棚以外に何も無い。

 「どういう名前がいいと思う?」
 「俺に聞くなよ、名前くらいあるだろ?」
 「……無い」

 彼女は本の背表紙を指でなぞる。 大体、名前が無いという言葉で声のトーンを落とすものだが、彼女は全く名前の事など気にしては居ないらしい。 あっけらかんとして、平気な顔。
 むしろ、今まで名前が無くてもよかったのだから、名前など必要ないとか言いそうな勢いだ。

 「……そうだな。 アルフィン・アバスカルでどうだ? そういう顔か?」
 「何だよ、そういう顔って」

 全くもって理解不明もいいところ。 彼女……アルフィンの言葉と、俺の言葉は同じ音でも意味が全く違うような気がする。
 そういう顔って、あれか? 筋骨隆々な人の名前に濁点が多そうとか、そういうイメージの話か?

 「で、君は?」
 「フラン・オールディントン。 廃墟このむらから南に二百メートルくらい下ったとこにある村に住んでる」
 「供え物を持ってきてくれるあの村か?」

 ……お供え物? やっぱり、わかんねえ。

 「君、昼間からこの村にいただろう?」
 「ああ、居たぞ。 ずっと昼寝してて、気付いたら夜だ」
 「やはりな。 それではそうだな、この寺院に泊まって行け」

 どうしてそうなる?

 「いや、話聞いてたか? 隣の村だぞ? それも、二百メートルチョイで帰れる」
 「いや、この寺院から出れば二度と帰れない。 今頃、村では君が神隠しに会ったと騒いでいる頃だろう。 この廃村に夜まで居てはいけない、夜にたずねてはいけないという掟があったはずだ。 アレの意味を、全く君は知らされていなかったのか? この馬鹿者め、寺院から出るな!」

 話に呆れて、扉に手を掛けたところで彼女は声を張り上げ、それを制止する。 まるで、扉を開けば世界は終わるぞ? とか言い始めそうな勢いで、こちらを睨んでいる。

 「この寺院は唯一、この村の中でこの村ではない場所だ。 今、この寺院から出れば貴様は私と違い、永久にこの村から出ることが敵わぬ存在になるぞ! この廃村で死ぬのだぞ、それでもいいのか!」

 生憎、そんな迷信は信じていない。 扉のノブを回そうと力を入れたとき、何かが俺の手を押さえつけた。 そんな、ありえない。
 彼女の居た場所から、寺院の中で、近くとはいえ走っても俺の居る場所に一瞬で到達するなど不可能だ。 それを、その不可能を無視して彼女はそこで手を押さえている。
 理解不能なのは、言葉だけではないというのか?

 「明日の朝、また外へ出て村へ帰れ。 例え不死身であろうとも、永久にこの村に閉じ込められ、気が狂う思いをする。 変な奴と思って居ればいい、明日の朝だ。 明日の朝、日の出を待って村へ帰れ」