ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 退廃シンドローム ( No.1 )
- 日時: 2012/01/22 11:56
- 名前: 桜坂 ◆94NvLfMa2I (ID: YFbnCp7J)
目の前の壁は恐ろしく高い。濁りのある白い壁は、傷一つなかった。この壁の向こう側はどんな風になっているのだろう。しかし、私達には想像することしかできないのだ。決して、壁を超えることはできない。
壁に囲まれた町、それが私の住んでいる場所だった。
*
私の家は父子家庭だ。母は病で倒れてしまった。それは仕方のないことだったと思う。私達だって、明日生きているとも保障されないのだから。
まあともかくとして、私の朝はだいぶ早い。父と私のお弁当を作らなければいけないのだ。中学生の時は給食があったけれど、高校生は大変だ。手早くお弁当を作り終えると、私は家を出た。家、というよりはアパートだけれど。父も、あと数十分したら布団から抜け出すだろう。
「凪ちゃん、おはよ」
後ろから声を声をかけてきたのは、同じクラスの長谷川香織ちゃんだった。私も笑って手をふる。
「おはよ、香織ちゃん。香織ちゃんも今日は朝早いね」
そういうと、香織ちゃんはさも当然というように胸を張った。香織ちゃんは遅刻の常習犯なのだ。今日は何か特別なことがあっただろうかと考えるけれども思い当たらない。
「今日はね、転校生が来るんだよ」
転校生。頭の中で反芻した。
転校生が来ることは、珍しいことでは無かった。というよりも、割と頻繁来る。ただ、転校生と言うことだけでは、香織ちゃんの気は惹けないだろう。私は尋ねた。
「転校生がどうかしたの?」
「あたしね、、昨日松岡先生と花澤先生が話してるの聞いちゃったの」
うふふ、と香織ちゃんはいかにも女の子らしい笑い声をあげた。
松岡先生は厳しい女の先生で、私達の担任だ。花澤先生は柔和な若い男の先生で化学を担当していて、女子に人気がある。奇妙な取り合わせだな、と私は思った。
「あのね、今度の転校生は視察生らしいの。しかも、かっこいいって!」
視察生ときいて、私は目を丸くした。
視察生、読んで字のごとく学校を視察しにくる生徒。私の学校、というか町は少し特殊だ。だから、ほんのたまに視察生がくることがある。といっても、私は見たことがなかった。
なにせ、数年に一回来るか来ないかだったから。
「香織ちゃんも相変わらず面食いだね」
半ば呆れながらいう。
「ふふっ、最近高崎先輩にも飽きてきたしね」
香織ちゃんはころころとお気に入りを変える。最近までは、三年生の高崎先輩のファン、つまりはお気に入りだったらしい。香織ちゃん曰く、お気に入りは目の保養だった。
「あ、そろそろ急がなくちゃ!」
香織ちゃんが、近くの公園の時計を指差した。
確かに、朝のホームルームまで後わずかだ。私達はお互いに顔を見合わせて頷くと、学校までの道のりをかけだした。
「疲れたっ……」
「凪ちゃん、速すぎる……よ」
学校は坂の上にある。この町唯一の高校で、人数はそれなりに多い。校庭には私達と同じように校門を滑りぬけた生徒が多かった。
校則は基本緩い。けれど不思議なことにそこまで荒れている生徒はいなかった。騒がしい転校生も、徐々にこの学校に馴染んでいくのだ。
私達は息を整えながら教室へむかった。教室はもうすでに多数の席が埋められている。
「セーフ! ああ、もっとゆっくりいけばよかった」
そんなことを言いながら、香織ちゃんは自分の席へとついていった。私も自分の席に着く。
そうして、数分後に松岡先生が来た。松岡先生は神経質そうに辺りを見回す。何気なく香織ちゃんを見れば、にやにやと笑いをおさえきれないようだった。
松岡先生がようやく口を開く。
「今日から視察生がくることになりました」
どよめきが起こった。松岡先生はそれに咎めるような視線を送ると、咳払いを一つする。
「静かに。入ってきなさい」
すると、扉が開いた。
入ってきたのは、髪をほんのすこし茶色く染めた男の子だった。香織ちゃんが言っていた通り顔立ちが整っている。冷徹そうな、黒い瞳が印象的だった。
「三条春樹です。よろしくお願いします」
そういって彼、三条君はほほ笑んだ。
この教室に、壁の向こうの住人がきた瞬間だった。