ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 魔人ラプソディ ( No.12 )
日時: 2012/02/03 22:15
名前: sora ◆vcRbhehpKE (ID: GMnx0Qi.)

 少しずつ、意識がはっきりしてきた。
私は暗い部屋に居るみたいだ。部屋を見渡すけれど、見覚えのない部屋だと思う。
思う、というのは、薄暗いからよくわからないのだ。
私は椅子に座っていて、両腕は後ろ手に縛りつけられていた。
 ああ……思い出した。私は裏路地に入りこんで、そこで誰かに殴られたんだっけ。
そのあとの記憶が無いから、多分私は今まで気絶していたのだろう。
殴られた時の衝撃でヘッドフォンが壊れてしまっていないか不安になったけれど、確認する術は無い。
壊れていなかったとしても、おそらく充電が切れてしまったのだろう。
音楽は聴こえない。部屋の中の静寂が重苦しく感じる。
背後のずっと下の方から、車の音が聞こえる。ということは、ここは何処かのビルかマンションの中だろうか。
 最悪だと思った。
ショッピングモールで、午後を満喫したかったのに。
薄暗いって言う事は、もう日が沈んでいるんじゃないか。
 何とかほどけないかと両腕の縄と格闘する。けれど縄が緩んだりほどけたりしてくれる気配は一向に無い。
がたがたとむなしく椅子の音が部屋の中に響くだけだった。
 そんなことをしていると、いきなりドアが開いたものだからびっくりしてしまった。

「ああ、縄抜けしようとしても無駄無駄。結構きっちり結んでおいたからさ」

 男の声だった。
廊下からの逆光で、顔は見えない。たぶん高校生ぐらいだろうと思う。

「……ここから出しなさいよ」
「ごめん無理」

 男は特に考えた素振りも見せずに即答した。そりゃそうだろう。

「私に何をするつもり?」

 男を睨みつけながら言う。男の身長は180前後といったところだろうか。

「言っとくけど、変態なんかに処女をくれてやるくらいなら舌を噛み切って死んでやるわよ」
「変態だなんて、酷い言われようだ」

 男はわざとらしく肩をすくめる。そのあとで、間違っちゃいないけど、と付け加えた。

「まあ、確かに普通じゃないとは思うよ。人間を食べるのが好きとか」
「……はぁ?」

 今、この男は何と言った?
人間を食べるのが好き?
性的な意味で?
ああ、確かに度を超えれば変態だわ。
こんな見知らぬいたいけでか弱いまるで人形の様な美少女を誘拐するくらいに度を超えれば。

「でも、ホント人間の肉って一度食ってみると病みつきになっちゃってさ。なんてーの、通好みの味?」

 男が、部屋の電気を付けた。
金髪の少年だ。それなりにファッションに気を遣っているという風の格好だった。
少年とは言っても、おそらく私と同じくらいの年。
金髪の少年はおもむろにポケットから手帳を取り出して、あるページを開いて私に見せた。

「ほら、具体的にはこんな感じ」

 それを見ただけで、背筋がぞわっとした。
悪寒が走った。嫌悪感が、まるでインクをぶちまけたみたいに広がった。
本能的に嫌だった。
それに書かれていたのは、どういう人間が美味いか、どの部位がおいしいか、食べてどんな気分になったか。
そんなことが延々とありありと綴られていたから。
 狂ってる。
変態どころじゃない。怖い。目の前の少年が、少年という形を模した別の何かに見えた。

「ああ…あと、舌噛んで自殺するのは勘弁してね」

 少年は手帳をしまった。
少年の声色にも顔にも、特別なものは見当たらない。
いたって普通に世間話をしているかのような態度で、それが余計におぞましい。

「昨日の夜さ、たまたまこの辺りの女子高生の死体見つけたから味見してみたんだけど……
 硬くって冷たくって、まずいのなんのって」
「……化け物……」

 ようやく絞り出した私の言葉に、少年は眉をひそめた。
言われたくないことを言われたかのような顔だったけれど、私はごく当然のことを言っている。

「化け物! 狂ってる! アンタが狂ってんのはわかったから、早くこっから出しなさいよ!」
「だから、無理だって言ってんじゃん」

 そう言って、少年はすたすたとこちらに歩いてくる。
その様子を見て、やっと気付いた。
絨毯の色は赤なのだと思っていたけど、そうじゃない。
絨毯に、血糊が染みついていたのだ。

「これからアンタ、喰うし」

 少年は、そう言うと両手を広げて口を広げた。
そこで私はおおよそ、予想もつかないモノを見ることとなった。
解りやすく言えば、『本当の化け物』。



 少年の歯は、まるで牙と呼ぶに相応しい形状に、変化した。
爪は元の何倍にも鋭く伸びて、腕までも赤黒くグロテスクな見た目に変わった。
ふと、『魔人』がどうとかっていう都市伝説を、思い出した。