ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 魔人ラプソディ ( No.15 )
- 日時: 2012/02/05 19:21
- 名前: sora ◆vcRbhehpKE (ID: Rl.Tjeyz)
何? なんなの?
わけわからない。今何が起きたの? 手品?
え? 何、こ、れ。
あ、やばい。悲鳴出ないわ。
「ねえ、【魔人】って知ってる?」
え? なに? まじ…?
え…あ…麻雀? 知ってる。でもやったことはない。
でも、あの麻雀漫画は好きだ。ずっと連載続いてるやつ。前に立ち読みしたと思う。
で、麻雀がどうかしたの?
麻雀なら知ってるから、ここから帰して。
「あれ…声出ない? まあいいや。
とにかく俺だって、【魔人】なんて少し前までは漫画とかの中だけの話だと思ってたよ」
え、漫画? うん、私も好きだ。
結構いろんな種類の漫画が好きだ。ジャンプの漫画だったり、少女マンガだったりとか。
あ、でもあまり難しいのは読んでるとあたまこんがらがってきてしまうからパス。
ところで、ねえ、ここから出してよ。早く。
「だからホントに見たときはびびったね、マジで!
どっからどー見ても化け物なんだもん!」
え…あ、化け物?
あ…確かにそうだね。
今目の前に居るあなたは、どこからどう見たって化け物だ。
怖いからさ、早く逃がしてよお願い。
「そんで、【契約】がうんたらって。
望みを叶えることが出来る【能力】をやるから、足の親指をくれときたもんだ」
けー…やく?
のーりょくってなに。足の親指? 嫌だ、あげない。なくなったら困る。痛い。
それより逃がして。早く出してよ。
「そしたら、これだよ!
最っ高だよ! 人間を食べれる体になっちまった!
もうたまんねぇ! バッカみてぇにうめーの!
最初に彼女食った時なんて、旨過ぎて幸せ過ぎてどっか狂っちまうかと思ったね!
アイツの肉はやわらかくて、口の中でとろけるようで!
骨は丁度良い硬さで、内臓は独特の噛み応えがあってさ!
脳ミソは啜った瞬間にすげーキモチイイ気分になって!
血を最後の一滴まで飲んだ瞬間は最高に幸せだった!
……あ…っべー…マジやっべ。思い出したらたまんなくなってきたわ」
やだ。
何言ってるのか、わからない。怖い。
やだやだやだやだやだ。
見ないで。寄らないで。どっかいって、お願いだから。
やだ、いやだいやだいやだ。
「……やだ…」
「ん……?」
———あ。声、出る。
っていうことは、悲鳴、出せる。よね?
思いっきり息を吸う。
お願い、誰か聞いて。誰かに聞こえて。助けてくれれば、誰でもいいから。
思いっきり悲鳴をあげようとし、た、r
「ぅっ……ぐ、えっ」
え。あ、やば。
化け物に、首を思いっきり掴まれた。
首ぐきっていった。え…ちょっと、これ、や、ば。
力が物凄い上に、勢いよく掴まれたから悲鳴は中断。
体の奥、たぶん胃のほうから何かすっぱいものが喉元へせりあがってくるのを感じた。
体が、変に痙攣した。
悲鳴の代わりに、かひゅっ、と情けない空気の音が私の口から出た。
もしかしたら、こいつの爪で喉に穴が開いたりしていないだろうか。
目尻から涙が出そうになる。
少しぼんやりした視界の中で、目の前に化け物がいる。
グロテスクな指は私の首を掴んだままだ。化け物の指は熱い。
目の前の化け物の口元は弓なりにゆがんでいる。
びっしりと並んだ鋭い牙の隙間からは、ふしゅうふしゅうと息が漏れている。
目は見開かれ、血走ってつりあがっている。
薄暗い中で、獣みたいにぎらぎらと、獲物を狩るみたいな瞳だ。
それらの所為で、まるで悪魔のような、邪悪な笑みという形容詞が、その顔にぴったりと当てはまっていた。
「ば……け、もの」
やっとの思いで出せた声はかすれていた。
必死になってもそれしか言えない私を嘲笑うかのように、化け物の口の端がさらに歪む。
「ああ、大当たり。俺はあの日人間を捨てた。【魔人】と契約して、化け物になったんだ」
ぎちぎちと、化け物の牙同士がこすれて不快な音を鳴らす。
よだれが一筋描いて口の端から流れて床に落ちていくのを見た。
「だから、人としてやっちゃいけない事だってやって良いんだ」
その言葉は私に、こいつは心から化け物だと思わせた。
狂ってて、きっともう歯止めなど利かせることは出来ないのだろう。
で、今、その化け物の興味はほかでもない私に向いている。
今はっきりとわかった。きっとこれから、私は食べられてしまうのだろう。
けれど最早、怖いとかっていう実感も沸かない。
ただ漠然と、ああ私はこれから死ぬんだなって思った。
♪
現在時刻は午後七時二十一分。現在地はビルの屋上。
向かいのマンションまでの距離は、だいたい十メートル。
思いっきり屋上の床を蹴る。
体が宙に放り出されて、真正面から夜風がのしかかる。
目指すは、今回の標的が居る、十七階の六号室。
勢いに身を任せ、僕はその窓に向かって一直線に突っ込んでいった。