ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 魔人ラプソディ ( No.18 )
日時: 2012/02/17 14:26
名前: sora ◆vcRbhehpKE (ID: Rl.Tjeyz)

 私の背後で突如巻き起こったその音が、窓ガラスの割れた音だと気づくまでに数秒かかった。
きらきらと、細かく部屋の明かりを反射するガラス片の雨に紛れて、
すたん、と、勢いの割りに簡潔で素っ気無い音を立てて、人影が私の横に舞い降りた。
 それは決して、白馬の王子様などではない。
 人影の容姿は黄色い紐ネクタイに真っ黒なブレザー。長すぎず短すぎない黒髪。

「あ……」

 黒い人影は、素人目から見ても鋭い蹴りを化け物の顎に叩き込む。
下方からの打撃は、相手が十代半ばであろう男性を基にした
化け物であるにもかかわらず化け物の体を宙に浮かせる。
 天井に突っ込んだ化け物の頭部は、電球を破砕して部屋を一気に暗くした。
今度は電球の破片が降り注ぐ。
 少年の攻撃はそれだけにとどまらない。
顎を蹴り上げられがら空きになった腹部に、少年の次の蹴りが叩き込まれた。
派手な音を立てて、吹っ飛ばされた化け物は壁にたたきつけられた。
月明かりだけが、床に散らばったガラスを照らしている。
まるで、いつぞや図鑑で見た星雲か銀河に似てると思った。

 目の前に、星雲の中に佇んでいるのは黒い少年。
私のクラスメイトであり、あの時教室で手帳を読んでいた黒髪の少年だった。

 なぜ、この少年がここにいるのか。
今回ばかりは、どうでもいいでは済まされない。
 開いた口がふさがらないって、きっとこういうことを言うのだろう。
 少年が、こっちを向いた。
 意外そう、というか驚いたように目を見開かれた。驚いてるのはこっちだ。
というか、こいつこんな表情も出来るのか。
いつも教室では、ずっと無表情だったように思うから少し意外だ。

「……ぅあぁー…い、ってぇ」

 金髪の化け物が呻いた。
部屋の奥には月明かりが届いていない。
だから詳しいことは分からないが、無駄に間延びした化け物の声は、
彼がほぼダメージを負っていないことを容易に予測させた。

「これから食べようって時に、突然なんだよ……? びっくりしたぞ、いやマジで」

 ふざけるな。びっくりしたのはこっちだ、全く。

「っつーか、なんだよお前? ここ十七階だぜ?
 しかもこの体ちょっとやそっとじゃビクともしねーのによ、その体のどこにそんな力があるってんだ?
 お前、どー見たって俺より身長小さいのに」

 化け物は黒い少年に問いかけるが、少年は無言を貫く。あまりに無反応過ぎて、話を聞いているかも甚だ怪しい。
もしかして、さっきの、この少年が驚いた顔は相当にレアだったんじゃないだろうかとさえ思う。
 ただ、そういえば確かにそうだ。この華奢な体のどこにそんな力があるというのか。
怪物を二度蹴り飛ばしたり、突如窓から飛び込んできたり。
 目で問いかけても、少年はやはり取り合おうとしない。何か言えよ無愛想。
 化け物も、訊いても無駄だと判断したのだろう。並んだ牙の間からため息の音を聞いた。
そして、みしりと、化け物の足元の床が軋む。
つまり化け物が少年に向かって大きく踏み込んだ音だった。
 まずい。幾らなんでもただの少年が、化け物に勝てるはずが無い。

「しゃーない。お前も喰われ、ろ?」



 宙に舞ったのは、化け物の両腕だった。



 また開いた口がふさがっていないのを自覚した。
吹き出す血でアーチを描きながら、化け物の両腕はそれぞれ、部屋の隅と窓際に落下した。
どむっ、と落下する音が妙に重かったのが印象に残った。
 化け物の目は見開かれている。化け物の牙と牙の隙間が中途半端に開いていた。
バランスを崩したのか化け物は、少年の目の前で膝から落ちた。
 つまりどういうことなのか、全く理解できない。
 答えを求めるように少年の方を見た。
 少年の袖からすらりと伸びていた白く細い手が、真っ黒に染まっていると気付いた。
真っ黒で無骨なかたちをして、指先が鋭く尖っている。

「……テメェ、俺と同じか!?」

 少年を睨み付け、化け物が悪態をつくように吐き捨てた。
 同じ?
つまり、どういうこと?
分からないことに分からないことが積み重なっていく。
 少年は何も言わない。
ただ化け物を見下ろしている。
 化け物は歯噛みしている。
口の端から空気が漏れ出す音が、さっきより獰猛になっているように感じた。
 そしてその口の端が、歪んだ。
 ぐちゅり。
 化け物の膝元から気味の悪い音がしたから見る。
すると、先程刎ね飛ばされたはずの両腕が、ちゃんと切断面から生えていた。
 私が驚いて小さな悲鳴を上げ、化け物は少年につかみかかる。

 そして、今度は化け物の両腕だけでなく両足までもが斬りおとされた。

 巨大な黒い折り紙を鋭角に切ったような刃が四本床に刺さっていた。
 それ以降、化け物の表情は見えなかった。
手も無い足も無い、まるでだるまになった化け物の頭を、少年が黒い手でわしづかみにしたから。
化け物は、頭を掴まれたまま絶叫していた。
この世のものとは思えない、怒気と狂気と焦燥と恐怖をミックスしたような嫌な音だった。
少年に掴まれた化け物の頭部がみしみしと音を上げる度に、強くなっていく雑音。
 やがてそれは、少年が化け物の頭を握り潰すことで、ぷつりとあっけなく途絶えてしまった。
水風船を割ったみたいに血が振り撒かれて、ぼちゃぼちゃと何かが落ちる水っぽい音がした。
それ以降のことは、覚えていない。