ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 魔人ラプソディ ( No.19 )
日時: 2012/02/07 20:53
名前: sora ◆vcRbhehpKE (ID: Rl.Tjeyz)

 最近このあたりで起こっている連続殺人事件は、ついに十六人目の被害者を迎えた。
被害者は近くの高校の三年生。髪の色は金髪、身長は百八十センチメートル前後。
自宅マンションの十七階で、頭部を粉砕され、四肢を切断された状態で見つかったという。
窓ガラスが割れる音を聞いて近隣住人が通報、その後警察が押しかけたときには、既に犯人の姿はなかった。
現場に残されたものは、遺体と大量の血痕、椅子と縄。散乱したガラス片。
それから、猟奇的な内容が書き記されていた手帳。
人肉はどの部位がおいしいとか、どんな人間の肉がおいしい、とか。
被害者、金髪の高校生が生前から愛用していた、そんなことが書かれている手帳。
それだけだった。
 結論として、金髪の高校生は今回の連続殺人事件の被害者であり、犯人ではない。
これは僕の勝手な推測だが、
彼は人間を食べるのが大好きすぎて、食べた人間を残したことは一度しかなかったのではないか。
その一度というのは、一昨日殺されたこの学校の女子高生、早川ユキリの死体だ。
きっと彼は、僕が頭部を潰した早川ユキリの遺体をたまたま見つけて、食べようとしてやめたのだと思う。
死体になっていて、不味くて食べれなかったからからなのかは知らないけれど。
金髪の彼を犯人だとするならばおそらく、同じく最近この付近で多発していた連続『失踪』事件の方だろう。
なぜなら、死体がないのだから。
被害者は金髪の高校生によって、食べられてしまったのだから。
 そして連続『殺人』事件の犯人である僕は、
迂闊にも昨日、その犯行現場をクラスメイトの美鏡アヤネに目撃されてしまった。
彼女は、標的……つまり金髪の高校生の頭部が潰されると同時に気絶した。
無理もない。疲れていたのだろうし、何よりあの光景は目に良くない。
僕もよく最初のころは吐き気を催していたものだ。
 そして今日、帰りのホームルームが終わるなり美鏡アヤネに屋上に呼び出された僕は、
これから彼女からの事情聴取を受けるところだ。

「昨日の事について、色々訊きたいのだけれど」

 相も変わらずゴシックロリータの黒衣に身を包んだ少女は、僕の前で腕を組んで仁王立ちしている。
ただし、いつも着けているヘッドフォンは今日は着けていないようだ。
昨日の騒動で壊されてしまったのだろう、と判断。代わりに包帯が巻かれていた。

「ねえ……昨日から思っているのだけれど、少しくらいは喋ったらどうかしら」

 一理あるとは思う。
けれど僕にはそれが出来ないのだ。
つまり、喋ることが出来ない。
 だから、僕は彼女に手帳を手渡した。
普通の人が読んだら、たぶん引くような内容が書かれた、僕の手帳を。

「これを読めってこと?」

 僕はうなずいた。
少女は手帳を手に取り、無言でページをめくり始める。
 その手帳の中には、こんなことが書かれている。
 まずは一ページ目。
【魔人】という存在が、実在するということ。
【魔人】は基本的に【魔界】に住んでいるということ。
けれど、時折【魔人】は【魔界】からこの世界、つまり人間界にやってくることがあるということ。
そして人間界にやってきた【魔人】は、人間に【契約】を持ちかけるということ。
その【契約】とは、
『魔人は、契約する人間が望む【力】を与える代わりに、契約する人間の所有物を貰う』
というものであること。
そして僕は、【魔人】との【契約】によって【力】を得た人間を殺しているということ。
 二ページ目以降は、今までに殺した人間の名前と特徴が書かれている。
これから殺す予定の人間の名前もだ。

「……ふうん、なるほどね」

 美鏡アヤネは手帳のページを捲りながら呟いた。
傍から見ればお嬢様が上品に読書しているようにも見える。
けれど実際は、殺人の記録を殺人鬼の前で読んでいるのだ。
多少歪んだ行為に見えなくもない、気がする。

「話題になっている連続殺人事件の被害者全員のプロフィールに、わけのわからない事が綴られた手帳。
 普通の人がこれを読んだら、きっと引いてしまうでしょうね。
 だって悪質な中二病の、連続殺人犯の手帳にしか見えないもの」

 全くそのとおりだとは思うし、その自覚もある。
だから今までは決して、この手帳を他人に見せるような真似はしなかった。
けれど、君は。

「私は昨日、その現場を居合わせて、そして結果的にあなたに命を助けられてしまった。
 否定しようにも実際に見てしまったのだから、私はこれに書かれた内容を信じるしかない。
 だけど、仮に私が警察にこの手帳を見せたところで、きっと相手にされないでしょうね。
 【魔人】だの、【契約】だのなんて」

 美鏡アヤネはそこまで言ったところで、それに、と付け加えて、

「せっかく面白そうな人を見つけたのだから、手放すのはもったいないもの」

 彼女は手帳を僕に手渡した。そして、僕の目を見据える。
彼女の目は、猫みたいなアーモンド形をしていて、瞳は大きくて黒く濡れていた。

「これは私の憶測だけれど、きっとあなたも昨日の化け物と同じ、契約した人間なのでしょう?
 喋れないのは、代償にあなたの『声』を持っていかれたからじゃない?」

 そう言って、彼女は身を翻した。
踵を返して屋上の扉へ向かっていく。扉を開ける前に彼女は一度だけこちらを向いて、微笑んだ。

「これから、楽しくなりそうね。楽しい事と、面白い人は好きよ」

 僕は、これからいったい何が楽しくなるのか把握できないまま、彼女が楽しそうに
階下に向かっていくのを見送ることしか出来なかった。
 面白い人は好き、ね。
自覚して言ったのか、そうじゃないのかは知らない。
けれど皮肉だと思った。
自分で自分が人間か化け物かもわからないっていうのに、そんな事言うなんて。
 とりあえず、その憶測は間違ってるよ、と心の中で指摘しておいた。
もう階段を下りていってしまった、美鏡アヤネに対して。