ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 魔人ラプソディ ( No.25 )
日時: 2012/02/21 19:17
名前: sora ◆vcRbhehpKE (ID: k5KQofO8)

 朝は一面真っ青だった空には、昼下がりから雲がかかり始めていた。
空を覆う薄い青色の板に、綿がちりばめられている。
 この学校の屋上も、私が好きな場所のひとつだ。風は鋭い冷気といっしょに心地よさを運んでくる。
ビルやマンション、家の壁などが視界をせばめてしまう道路と違って、大小さまざまの灰色の長方形を見渡せる。
何より、高い場所にいると少しだけ自分がえらくなったように感じられるのだ。
 実際にはそんなことないと言われるかもしれない。
でもだったとしたら、何が偉くて何が偉くないと定義すればいいのだろう。

「少し遅かったのね。指先が冷え切ってしまったわ」

 屋上の扉がきしみながらゆっくりと開いた。扉の後ろから現れた人影に私は声を投げかけた。
 相変わらず彼の制服はちゃんと着込まれている。
実を言うと、第一ボタンまできっちり閉じている生徒はこの学校では彼くらいのものだ。
他の男子生徒は、首元が苦しいからといって、第一ボタンか第二ボタンまではあけている。
けれど彼はそうでもないらしい。
 そんな彼は今、私の発言に対して少し困ったような表情を浮かべていた。

「そんな顔しないでもいいわよ……今日はあなたが日直だったのでしょう?」

 彼は、少々むっとしたようにわずかながら眉をひそめた。
分かっていたのなら意地悪を言うな、とでも言いたいのだろうか。
 もしかしたらこの少年は、私が思っているよりも表情が豊かなのかもしれない。
 そんな案外人間らしい部分も手伝ってか、私はこうして彼に話しかけることに抵抗を感じずにいられる。
けれど、そのせいで未だ現実味が無いのも確かだ。
今目の前にいるこの少年が連続殺人犯で、この間など私の目の前で、人を喰うような化け物を惨殺したなんて。
 ひょっとしたら他にも、いやきっと、この間のアレと同じような化け物を殺してきたのだろう。
 目の前にたたずむ殺人鬼の身長は私より少し高い程度で、同年代の男子としては決して高いほうではない。

「今日も、たくさんあなたのことについて知りたいのだけれど」

 手に持っていた新聞の切抜きを、再び少年の前にかざす。
連続失踪事件の、新たな被害者が出たことを伝える記事だ。

「おそらく、私のために丸一日潰す暇も無いのでしょう?
 だから、一緒に行きましょう」

 少年が表情を変えないところを見ると、どうやら却下するつもりも無いのだろう。
あるいはここで断ったとしても無駄だろうと察したのかもしれない。だとしたら、大当たりだ。
 私のヒールが乾いた音を鳴らす。それを見届けて、少年も扉のほうへ向く。
 しかし不意に少年が、何か思い至ったように立ち止まる。
彼は昨日の手帳とシャーペンを取り出すと、慣れた手つきで手帳に何か書いて、私に見せた。
整った字で、『丸一日僕を付き合わせるつもりなの?』と書かれていた。

「そんな訳ないじゃない、付き合わせるだなんて。私が付き合ってあげるのよ」

 少年はひどく戸惑ったような表情を浮かべた後、なぜだか大いにため息をついた。
本当にこの少年は、表情が豊かなのかもしれない。
 一方で私は、何も間違ったことなど言ってはいない。
私の日常に付き合わせたところで、平凡で平和な『いつも』が流れていくだけだ。
なので私は、非凡で異常な『いつも』を渡り歩いているだろうこの少年に付き合ってあげる。
そうすればきっと、自分もその一端に触れることが出来るだろうから。
『非凡』『異常』『非日常』。それらの単語には、私をとても惹き付ける魅力があるのだ。
それらに比べれば、新しいヘッドフォンを買う用事なんて後でも良い。

「さあ、まずはどこへ向かうのかしら?」