ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 魔人ラプソディ ( No.29 )
日時: 2012/04/10 14:15
名前: sora ◆vcRbhehpKE (ID: k5KQofO8)

 僕の隣で、美鏡アヤネは目を輝かせている。
僕が来たのは、電気屋であった。幾つかの目的を持って来たのである。
 一つ目は、単純に僕の家の電球が一つ切れていたことを思い出したからだ。
廊下の電球なので、つかないと微妙に困るのである。
 二つ目は、美鏡アヤネのヘッドフォンのためだ。
寝ているときはともかく、どうやら彼女はヘッドフォンがないと、ずっとそわそわしている性質らしい。
見るに耐えなかった。
 美鏡アヤネはあまり表情を変えない。
けれど、無表情のままでも、今の彼女は目の輝きが明らかに違って見えた。
こだわりでもあるのだろうか。彼女は、ヘッドフォンの棚を物色していた。
 僕は、ひとつ電球を手に取ると、レジへ向かう。
何度か買い換えたことはあるので、買い間違えるということはないはずだ。
 レジには、案の定見知った顔が立っていた。とは言っても、会話を交わしたことは殆どない。

「あ……珍しいね、学校の外で会うなんて」

 畑野ミサキ。クラスメイトの少女である。
彼女はいつごろからか、左目に眼帯をつけていた。
ものもらいになってしまったのだと、以前彼女が友人に話しているのを聞いたことがある。
 僕は、返事の変わりに頷いた。
畑野ミサキは微笑んだ。彼女は優しい性格だという評判がある。
ここでバイトをしていることは、彼女の友人から聞いた。
彼女は電球を受け取り、値段を読み上げる。
僕は、千円札を渡すとき、一緒に一枚の紙を渡した。
いつも使っているメモ帳のうち、一ページを切り取ったものだ。
畑野ミサキは怪訝な表情を浮かべたが、その紙に書かれていたことを見て、目を見開いた。
彼女が小さく「嘘だ」と言葉を漏らしたのは、意図的だったのだろうか。
ただ、それらは一瞬だった。
畑野ミサキはすぐにいつもの調子に戻ると、僕にレシートとつり銭を渡した。
丁寧な渡し方だ、と思った。
 彼女の笑顔は、可愛らしい。丁寧な対応も、営業に向いていると思う。
その上、自分を隠し通すことに慣れているのだという。
僕は、別のレジで会計を済ませた美鏡アヤネと共に、何事もなかったかのようにその場を去った。
 よほど気に入ったヘッドフォンが見つかったのか、美鏡アヤネは電気屋を出るなり、
歩きながらヘッドフォンのパッケージを開けると、説明書とパッケージを投げ捨てて、
無表情のまま至極満足そうに、ヘッドフォンを装着した。
ビニール袋は風に飛ばされて、どこかへいってしまった。



   ♪



 頭を何か重いもので、があんと殴られたような気がした。
ふらりと私のバイト先である電気屋に現れた、あのクラスメイトの少年のせいだ。
学校で彼と美鏡さんが話していたことは、聞き間違いではなかったのだ。
けれどもっと衝撃を受けたのは、あの少年の正体だった。
 もうすぐで、午後九時になる。
彼はそろそろ、この私の家へ来るはずだ。
私は、氷漬けになった両親の死体を見上げた。
両親だけではない。私の家の中には、たくさんの、氷漬けになった死体が並んでいる。
動かなくなった人形みたいだと思った。
この空間にいることが、私の幸せだった。
廊下しか電気をつけていないから、家の中は薄暗い。
 私が【魔人】と【契約】を交わした、九月のあの日から、私の家の中は凍えるほどの冷気に包まれている。
私が化け物になってから、畑野家は死体倉庫に変貌したのだ。
 私は、氷漬けの両親に抱きついた。
部屋の中も、両親も、冷たいはずなのに、胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じる。
どうしようもないほどに、いとおしかった。
 私と【契約】した【魔人】が私に与えた【能力】は、いつまでも死体と一緒にいられる能力だった。
私はここしばらくの間、外で人を殺して、ここに連れてきては凍らせていた。
 けれど、一番凍らせたい人がいた。
それが、あのクラスメイトの少年だった。
どうしてかはわからないけれど、いつも一人でクラスの中にいる、あの少年が気になっていた。
なんとなく、よく私と仲良くしてくれているクラスメイトの
『早川クルミ』ちゃんにに似ているとも思ったけれど、理由はわからなかった。
そうして、今日初めて気づいた。どうして私が彼に惹かれていたのか。
 彼が私に渡した紙を見て、彼は私と同じ化け物なのだと知った。
嬉しすぎて、頭を何か重いもので殴られたような感覚がした。
化け物になってしまった自分の家に、化け物になってしまった彼はもうすぐ来る。
 彼を凍らせて、永遠に私のものにしたい。ずっとずっと愛していたい。
きっと私は、彼に恋したのだ。
たぶん、歪んでいるって言われてしまうのだろう。
けど、私にはこれ以上なく、これが素敵なかたちの恋愛なのだ。
 インターホンが鳴る音が響いた。私は玄関へと駆け寄った。
ドアを開いた向こうに立っていたのは、案の定、クラスメイトの彼だった。