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Re: 魔人ラプソディ ( No.9 )
日時: 2012/02/02 20:33
名前: sora ◆vcRbhehpKE (ID: GMnx0Qi.)




 別に、誰が憎いとかって言う訳じゃないのだけれど。
それでもこんな風に思うようになったのはいつごろだったっけ。

 肉料理はずっと前から、幼稚園のころから好きだった。
かと言って、だから他の食べ物は嫌いって言う訳でもないけれど。
嫌いな食べ物は牡蠣だけだ。小学生のころに食べた牡蠣があたって、それから嫌いなのは今でも変わらない。
肉料理が好きって言うのにしたって、それが何か特別だった訳でもない。
ただ普通に、ハンバーグが好きだとか、ステーキが好きだとかっていうレベル。
 それが、いつからだろう。
生身の人間の肉を食べてみたいと、そう望むようになったのは。
 いつだったっけ。転んですりむいたときに、膝から血が流れるのを見た。
そしてその時、なにか妙な気分になったのを覚えている。
転んで座ったまんま動かない自分を心配する友達をよそに、しばらく傷をじっと見つめていたと思う。
 かさぶたをはがすのが好きだ。理由は自分にも解らない。
はがすときは少し痛むし、血も出る。
けれどそれ以上に、流れる血を見るのが、何より「自分の肉体の一部が千切れた」っていう実感が好きだったと思う。
そのうち、はがしたかさぶたを自分で食べるようにもなった。自分の体から出た物なのだから害はない筈だ。
 ただし、それらは決して他人には悟らせないようにした。
若干ながら、変だというのは自覚していたからだ。
普通に友達と遊んで、普通に毎日楽しくバカやって、普通にしていたかった。
 友達と馬鹿みたいな事を話してる時は楽しい。部活も楽しい。
毎日楽しくやってたら、隣のクラスの女子の告白された。嬉しかった。
誰かと付き合うっていうのはすっげー幸せだって、思った。

 でもそれが。いつだったっけか。
一瞬ふと「こいつの肉を食べたらどんな味がするんだろう」って、思った。

 突然、自分が嫌になった。
何を考えてるんだ。ぜんっぜん意味がわかんね。
自分は彼女が大切で、好きで。その筈なのに、何考えてんの?
ばかばかしいって。
明日になったら忘れてるだろうって思った。
 だけどそれは頭から離れなかった。
最初は罪悪感だった。好きな筈の彼女に対してそう思ったことへの。
でもそのうち、頭の中で、肉を食いちぎる光景とか、相手が苦しんで嫌がる姿とか。
クラスで授業受けてる時だって、目の前のクラスメイト、どんな味がするのかなとか
肉の色はどんなだろうとか、噛み応えはどんなだろうとか。
それでいつも我に返って、自己嫌悪に苛まれる。
自分は普通に幸せでいたかったのに、何で。
 第一、人間の肉なんて食べたら腹壊すだろうし、食べた後の処理だってどうするんだって話だ。
 そんなことを考えた辺りで、論点がそこになってしまっている自分に失望。
手段が結果がうんぬんの前に、人間としてやってはいけないことの筈だろ。
 日に日に、どんどんずれていっているのが手に取るようにわかった。
目の前で話している相手を、食べたらどうなるんだろうと思うようになってしまった。
自分を抑えるのが大変になってきてしまった。
でも、こんなの、誰にも相談できる訳が無い。
気が狂いそうだった。
普通の幸せで誤魔化そうとした。
でもそれは無理だった。
よっぽどだったのかもしれない。少し前のある日、彼女が心配して「大丈夫?」と尋ねてきたのだ。
ちょっと寝不足なだけだよと言って、嘘を言って、その場をやり過ごした。
油断すれば、彼女から手にかけてしまいそうで。
それだけは、何が何でも絶対に嫌だった。
彼女が自分の餌食になる前に、自殺しようかとまで考えた。
自分が異端になってしまうまえに、自分のままで死にたかった。

 そんな狂いそうな毎日の中で、アイツは『魔人』と名乗って目の前に姿を現した。

 最初は幻覚だと思った。きっと疲れているんだろうって。
だから、うっかり『契約』。そしてバイバイ足の指。
まるで化け物みたいになった自分の姿が、道路の鏡に映ってて。
違う。化け物みたいにじゃなくて、本当に化け物になってしまったんだ。
そう考えると、自分の中の何かが、簡単に吹っ切れた。
 人間を食べても腹を壊さなくて、骨まで残さず食べてしまえる体になって。
もう人間じゃないから、人間としてやってはいけないことをしても良い。
そうと決まれば、これからしたいことなど一つしかなかった。
 最初に食べたのは、彼女だった。
愛しい彼女の肉はやわらかくて、口の中でとろけるようで。
骨は丁度良い硬さで、内臓は独特の噛み応えがあって。
脳ミソは啜った瞬間に、なんともいえない心地いい気分になって。
血液の最後の一滴まで愛せた充足感は、最高に幸せだった。