ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: incomPEtent peRSON ( No.2 )
- 日時: 2012/02/01 13:46
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: KjZyd1Q/)
カミサマという存在は中々惨酷だ。
路地裏で人が死んでも知らん振りするし、原因を作った人間を罰せず結果を罰する。
所詮、その程度。 今、目の前でのた打ち回っている男も何かわけがあって殺人に手を染めたと考えてやりたい。
だが、そんな考えを持っていようが、逃がすつもりも当然無い。
瀕死の身体でよくここまで逃げた。 だが、彼の逃走劇はここまでだ。
「何か、言い残したい事は?」
青年が、その手に短剣を握り、男に問う。 こんなのは、いつもの儀式。 別に、三秒確かに待つけど、無言決め込んだり、余力で攻撃してきたりしたら躊躇無く殺す。 暗闇の中、影すら見えない中で響くアナログの針時計の音は、中々不気味なものだ。
お化けとか出そう。 いや、別に怖くは無いけど。
僕は今からこの男を殺す。 括弧とかで囲うと、なにやらそんな雰囲気が出そうな感じだが、僕からすれば、括弧で囲うほどの事でもない。 殺しやすさで命の重さを決めるのであれば、今すぐに壊せてしまう軽い命。 今、手に持っているナイフの一突きで、この男はいとも易々と死ぬ。
握ったナイフを、振り下ろす。
闇の中で見えないが恐らく、相手もそれに気付いてガードしたのだろう。 痛みに対し、うめき声を上げている。 だが、次の一撃で、男は断末魔の音も無く命を落とした。
返り血は……嫌いじゃない。
*** *** ***
「ねえ、この報告書……何よ?」
金髪の少女はその手に渡された報告書を見て呆れたような表情をする。
報告書はA4の用紙に大きな文字で以下の通り。
“大量殺人犯バリー・エヴリー”
追い詰めるも、自殺。
たったそれだけ。 その行数、わずか二行。
内容だけであれば、追い詰められて自暴自棄でやけになったと考えれば納得がいくものなのだが、彼女はその答えにはまったく納得していなかった。 むしろ、「いい加減にしろよ?」くらいの勢いだ。
確かに、追い詰めるまでの経緯など書くことはいくらでもあるだろう。 しかし、結果を単純明快に表しているのもまた事実。
しかし、だからといって彼女はその答えに満足することはできなかった。 何故なら、
「ラプラス、君さ……この自殺ネタは何回目? もう、六回連続よ?」
この報告は事実ではない。 報告書を書くことを面倒くさがった報告書を書いたラプラスという人物は、よくこんな手を使っている。
横でコーヒーを入れている黒髪の少女に対し、彼女は呆れたような視線を送る。 だが、彼女はそんなことなど一切気にも留めず、焙煎したコーヒー豆をフィルターに流し込み、湯を注ぐ事に集中していた。
彼女の話など一切聞こうともせず、彼女、ラプラスは出来上がったコーヒーをマグカップに並々注ぐ。 そして、角砂糖を五個つまみ上げると、その中に放り込み、ティースプーンでかき回した。
「別に良いじゃん。 僕は報告書を書くのが苦手だし、専門戦闘。 報告書くらい、シェリーが捏造してくれてもいいでしょ?」
「捏造って、アンタね……。 死体運んでも、懸賞金はもらえないのよ?」
「むぅ……それは困る」
ラプラスは同じデザインのマグカップを手に取ると、コーヒーを注いでしばらく手近の書類を見つめた後、シェリーに勧める。 だが、シェリーはそれを直ぐには飲まず、デスクに放置した。
この、上下の関係性の分からない二人組み。 同じ事務所で仕事をする、仕事仲間であり、兄弟であり、姉妹であって家族である。 恋人同士、と言うのもあながち嘘ではない。
ただ、両者とも百合ではない。 しかし、現実を見れば百合である。
百合でないというのであれば、どちらかが男ということになるのだ。 もちろんの事、この事務所に男の従業員など居ない。 居るのはこの二人だけだ。
「だったら! もっと狩り易い相手を探してよ。 僕だって、攻撃されれば反撃するし。 というより、反撃しかしないし!」
困った様子で、彼女はコーヒーをすすった。 コーヒーの味が不服なのか、顔をしかめると更に角砂糖を六個つまみ上げ、放り込む。
「だったら、反撃しても死なない相手だったらいいのね?」
「うん、だったら生け捕りにはできるよ」
コーヒーを飲み干すと、ラプラスはマグカップの底に残った砂糖をしげしげと見つめた。 なにやら、溶け残りが不服な様子。 シェリーは呆れたような目で、それを見た。
「反撃しても死なない程度となると……アクレイの凶悪殺人犯とかは? 殺し方を見てみたけど、あからさまに“能力使ってるぜ”って殺し方よ。 ラプラスに合わせて標的を探すのは無駄に疲れる……」
「それ、昨日の夕方にニュースでやってたような気がする。 シェリーから見て、そいつの能力なんだと思う?」
「そうね……」
シェリーはPCの画面に向かうと、電源をつけた。 ここでようやくシェリーはコーヒーをすすり、顔色を悪くした。 今にも吐き出しそうな、そんな雰囲気だ。
ラプラスには、その原因が何か。 心当たりがあった。
書類を眺めていたせいで、取り違えたかもしれない。 飲んだコーヒー、嫌に苦かったし。
「ごめん、やっぱり間違えてた」
砂糖入り。 それも、角砂糖五個。
コーヒーとして飲んでいるのであれば、その甘さは異常。
だが、その異常な甘さのコーヒーを彼女は仕方なく嫌そうな顔をしながら飲み干した。
「……そんな顔しなくても」
「そんなもこんなも、私からしたらこんな甘いコーヒーなんて劇薬よ。 なんで、ラプラスは平気で飲めるの?」
いや、だって美味しいし……。
疲れたときは甘いものって言うじゃん? 疲れたって、言ってたし……。
シェリーの反応は苦いし、コーヒー甘くするくらい大目に見てくれてもいいでしょうが。 それ飲んで僕に甘く接してくれるようにはならないものかね? それも、わざとじゃなくて手違いだし……。
そもそもさ、
「君だって甘いの好きでしょ? ケーキとか」
「それはまあ……ケーキなら」
そっか、だよね。
じゃあ、今回のお土産はそれで決定かな。
ラプラスは黒い男モノのコートを羽織ると、事務所の入り口に掛かっていた鞄を手に取り、
「それじゃ、二日以内には戻ってくるよ」
それだけ言い残すと、外へと歩みを進めた。
- Re: incomPEtent RSON ( No.3 )
- 日時: 2012/02/02 19:52
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: KjZyd1Q/)
タクシーを拾って目的地に向かおうとしたのが間違いだったと思う。 確かに、タクシー代とか、色々お金は掛かる。 だが、僕が言いたいのはそんなことではないのだ。
運転席に座っている、若い男のドライバーが、近道だなどとほざき、裏道へ裏道へと行く間に抜けられなくなり、やっとの思いで裏道から抜けた先は渋滞の真っ只中。
僕は目的地を述べただけ。 十中八九、この男に非があった。
「あの……」
「分かってますって、今しばらくお待ちください」
すっげー気まずい。
客が女。 それも、自分より体躯が小さく見るからに非力というのも相まってこの男は強気だ。 それの証拠を挙げるのならば、口調が強い。
だが、中々腑に落ちない。 目的地へは確かに近づいているのだが、裏道を少し通っただけ。 それだけで、短縮できるような距離ではない距離を、短縮しているのだ。
カーナビが無いために確認できない現在地も、恐らくは目的地周辺。 直線距離で近道したとしても、ありえない速さで移動しているのだ。
「いや、違うんだよね。 君、能力者……でしょ?」
ラプラスの問いに、男は黙り込んだ。 バックミラーでラプラスのことを、睨むように見つめている。 何だよ、そんなに睨まれると流石の僕だって少し怖い。
相手が大の男であるのならば、なおさら。
「いつ……気付いた? その余裕から察するに、解析能力ではない攻撃的な力を隠していると見えるが……?」
「いまさっき……だよ」
正直な所、いまさっきなどではない。 この男が薄暗い裏道を能力を使ってショートカットした時点で、能力者だと気付いている。 相手が能力者であれば、その感覚は僕にも伝わる。 相手から一方的にではあるが、そのおかげで自分の素性を知られず、相手の能力者としての力量も大体把握できる。
基本的に、能力を使えば能力者にはその大体の力量が把握できるものだが、能力を使っていることを確認できなければその力量は把握しようが無い。 その分、力を使っていること自体を把握できるこの能力は自慢の力だ。
さて、まずこの男の能力は、レベルⅢの中でも平均的、中級といった所だろう。 車を飛ばす能力があるのだ。 どう考えてもレベルⅠやⅡ程度のものではない。
「大体、能力指数の予想も出来てる。 レベルⅢの中級能力者。 ワープ系統の能力(アビリティ)を有し、人が乗っていても車一台程度であれば任意の場所に飛ばせる……じゃないかな? 危険度がどうとかは僕には分からないけど」
ラプラスの言葉に、男は笑みを浮かべた。
「よく分かったな、そこまで見破るか。 レベルの無い能力者を連れて来いって依頼だったんだけど、まさか本当にゼロとは思わなかったぜ? ついでに、この能力じゃ人間単体は飛ばせない」
「へえ、やっぱり人間単体で飛ばすのは無理なんだ。 僕はレベルゼロじゃない。 一応、能力は有しているが、その規定に外れるだけだし。 そもそも、ゼロってレベルは、能力者でなくともレベルの規定内。 僕のことは、I能力者……とでも呼んでもらえるとうれしいな」
そして、身をねじると、ラプラスに向いた。
「そうか。 ただな、能力者の能力が一つだけって……誰が決めた? 自己紹介をするなら、俺はⅡホルダーのレベルⅤだ」
「どういう……」
「いや、どうもこうも。 研究の成果って奴でね、これ以上は俺は言えないんだ。 直接、その組織のやつに聞いてくれよ。 これからお前を連れて行く先が、そこだしな。 ほら、もう着いたぜ」
彼が手者とのボタンで後部籍のドアを開けると同時、無数の拳銃がラプラスの頭に突きつけられる! が、彼女は動じる様子も無く、タクシーから降りると周りを見回した。
- Re: incomPEtent RSON ( No.4 )
- 日時: 2012/02/04 11:52
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: KjZyd1Q/)
恐らく、どこかの廃墟。 銃をこちらに向けている黒いスーツの大柄な男達は能力者ではない。 そして、この男達は誰かに従う部下。
大人しくしていれば、上の人間が来るはずだ。
「銃を降ろせ」
ほら、来た。
大柄な中で、一際小さいスーツの男。 サングラス越しに、こちらを見据えている。
彼の一言に、ラプラスへ突きつけられていた銃は全て降ろされた。 ラプラスを囲んでいた男達も、退いて行く。
「さて、と。 まず先に、無礼を詫びよう」
彼がラプラスと対峙している間、さっきまで銃を突きつけていた男達がせわしなく動き回りテーブルと椅子二脚を準備する。 何だろう、見た目と行動が合ってない所為か、凄く面白い。
「いや、これくらい日常茶飯事さ。 僕は特に、詫びられる義理は無いな」
「そうか、だと助かる。 掛けろ、少しビジネストークをしようじゃないか」
彼はそう言って椅子に腰掛けるが、ラプラスは中々腰掛けようとはしない。 当然、警戒する。
「どうした、座ればいいだろう?」
「前さ、君みたいなのに殺されかけてね。 それ以来、僕はビジネスは立って話すんだ」
「そうか。 ところで、コーヒーにミルクは?」
「コーヒー自体いらないよ。 毒を盛られないって保証は無い」
警戒は、しすぎても足りない。 この手の奴は、組織がバックに居て後が面倒くさい。
直ぐに話を纏めて断る方向で行くのが定石。
「で、話って?」
「ああ、そうだ。 俺は、シグマ。 俺達の組織に……」
「三以上の数で群れるのは嫌なんだ、他を当たってくれないかな? 一と三の区別もつかない奴らの中に、僕は混じるつもりは無いよ」
「そうか……交渉決裂だな。 ジャック、このお嬢さんを送って差し上げろ」
二つ返事を返さなければ、そうなるのも予測済みといえば、予測済み。 ジャックと呼ばれた仮面の青年が、ラプラスの前に立ちはだかった。 別段、筋骨粒々というわけではない。
背負っていた大降りの太刀を片手で振り回すその腕力には、目を見張るものがあるが、大した脅威ではなく、恐らくこの感覚は能力者。 能力によって身体能力を強化していだけだろう。
能力者の時点で僕に太刀打ちできないのは愚か。 自分を強化する能力は、僕の前では命取り……都合がいい。
「冥土の土産に一つ教えておく。 俺らの組織、エヴァリーは、お前に入団を断られた場合、お前に関わった人間全てを殺すことになっている。 事務所にいる女……シェリーって言ったか? 事務所の心配はいいのかい?」
「いや、彼女は彼女で凄く強いからね。 たかがレベルⅢと見ないほうがいいかもよ?」
太刀はそもそも、重さに任せて相手を断ち切る武器だ。 元々、その刃は斬る事ではなく、重さを集中させるように、集中させても壊れないよう、強度に焦点を置いて作られている。 つまり、斬るのには実を言うと不向き。 重さで断ち切る刀だ。
振り下ろす以外の攻撃には、そこまで警戒しなくていいだろう。
「ほう、そりゃ楽しみだ」
「殺しに行くのは君?」
ラプラスがここでようやく、刃を抜いた。 刃の無い、小さい短剣を握っている。
「太刀に対してスティレット……折れるのは見えてるだろ?」
「いや、攻撃力が全てじゃない。 案外、スピードとかも必要だったり……」
ラプラスの握ったスティレットが、ジャックの喉下に突き当たる直前に、金属の板がその間に割ってはいる。 金属音を鳴り響かせ、それが太刀である事をラプラスに告げた。
「いや、要らない。 俺は、お前を逃がさないように、攻撃を受けることなく殺すからな」
太刀を肩に置き、ジャックはにやりと笑う。 そして、一瞬の出来事だった。
目の前から彼の姿が消えたかと思うと、次の瞬間。 背後で、空を切るような音と共にその金属板が振り下ろされる! が、ラプラスはそれを避け、攻撃の来た方向を向くがそこに彼の姿は無い。
「どうした、首ががら空きだぜ?」 「どうした、俺は目の前だぜ?」
前後から聞こえる声。 視界に入ることなく、彼は素早い移動で、ラプラスを翻弄する。
前言撤回。 振り下ろすだけじゃなく、一撃一撃が当たるだけで致命傷になりそう。 気を抜いたら即戦闘不能……怖いな。
「……運転手さんと同じ系統の能力か。 瞬間移動が無けりゃ僕と戦えないのかい!?」
「安い挑発に乗る気は……あるぜ!」
ラプラスのスティレットを狙っていた。 数メートル先に、ジャックの姿が出現したかと思うと、彼は瞬く間にその間合いを詰め、文字通り。 目にも留まらぬ速さで太刀を振るうと、ラプラスの握っていたスティレットは空を舞った。
「さて、選ばせてやる。 輪斬りとぶつ斬り、なます斬り……どう刻んで欲しい? 微塵斬りも承ってやるぜ?」
「……勘弁して欲しいね。 僕はまだ、得物を失ってないよ?」
ラプラスの声が、一瞬低く感じた。 彼女が地面を向いている所為で、顔は見えないが……明らかに、スティレットが手元から離れる前と後では、雰囲気が違う……。
コイツ、能力を扱えるというのか? いや、こいつは能力者ではない故にゼロスキル……外部に直接影響を与える能力などもっては居ない。
「フン、長物を使おうが……俺には勝てないぜ?」
「どうだかね……身体能力が並べば、分からないだろう? 能力の補正が消えても、分からないものさ」
一瞬の出来事だった。 ラプラスが背負っていた筒袋から取り出した剣の鞘を抜くと同時、彼女の姿が一瞬にして消えた。
目の前とはいえ、一瞬で視界から外れるのは不可能な位置。 まさか……。
「後ろだよ。 首ががら空きだね」
真後ろから、アルトの高さで、その声が耳に入る。 ジャックはとっさに太刀でガードするが、それを突き抜け、衝撃が腕に響く。
見れば、ラプラスの体が一回り大きくなった。 顔つきに大した変化は見られないが、声や体格は明らかに男。 ……どういうカラクリだ?
「お前……能力を!?」
「いいや、僕の体質。 僕は触れた相手と同じ魔力性質になって、同じ性別になる。 ただ、能力の規定に、僕の“同化する道化”は入ってないからね。 元々、素の僕は無能力だし、物覚えのいい一般人って思ってくれればいいかな」
「……俺を相手にしてるのと同じって事か」
ジャックは太刀を握り締め、目の前から姿を消した。
大体、この手の攻撃は背後に回るものだが、一度背後に回ってしまえば警戒される。 長く能力を使ってきた能力者が、自分の能力の弱点を把握していないはずもないだろう。 出てくるとすれば、足元か頭上。 それを一度づつ見せ、能力の絡まない通常攻撃を連続して、いつ死角から攻撃するか不安を煽るのも有効。
だが、それは相手が同じ能力を持っていなかった場合。 多少の差異も無く、自分と全く同じ条件の相手と戦うのであれば、対処法が分かっていたとしても厄介だ。
「そういうことだよ」
頭上から突き下ろされるジャックの突きを、ラプラスはその剣で立ちの切っ先を受け流す。 波打った刃が、太刀の側面を削り、切っ先に小さな切れ込みを入れる。
「……フランベルジェか。 確か、切られた奴は殺してくれって言うほど痛いらしいな」
「僕はこれで切られたことないし、いつもはスティレットを使っちゃうからね。 これを使うのは、中々久しぶりだよ」
「……慈悲の剣に激痛の剣……えげつない組み合わせだな。 ……性格の悪さが滲み出てっぞ」
- Re: incomPEtent RSON ( No.5 )
- 日時: 2012/02/06 20:05
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: dfg2.pM/)
金属音が鳴り響き、その様子をシグマが楽しげに見つめている。 だが、彼にも予定があるらしく、その時間を過ぎたのか、席をはずした。 ラプラスを連れてきたタクシーに乗り込むと、タクシーは風景写真を上から貼り付けたかのようにその場から姿を消した。
シグマの姿が見えなくなった……直後。
ジャックがラプラスに向けていた刃の先を、シグマを取り巻いていた黒服の男へと向けた。 シグマは、既にここには居ない。
監視に残されているのだろう彼等に対し、正気を失ったかのようにジャックは太刀を振るった。
「どうしたの? ついに可笑しくなった? 任務は?」
「いや、任務中。 ただ、クロックっつー別組織の、任務でね。 確実に実行できる状況下になった場合、開始しろって話だ」
上着のポケットを探り、小さな拳銃を取り出すと、空に向けて撃ち放った。 それは上空高く上ると、光を発し、落下した。 閃光弾だ。
*** *** ***
「無音、合図だ。 クールに行こうぜ」
「私はいつだって冷静だぜ」
三キロ離れた地点のビルの屋上で、その閃光弾を確認した二人組みがそれを眺めていた。 一人は茶色のピンパーマの伊達男。 もう一人は、灰色のフードを被った小柄な人影。 無音と呼ばれたフードを被った小柄な人影は、その声の高さから恐らく、女だろう。 ただ、その場に姿が固定されていないのだ。
ホログラムが投射されているかのように、まるで蜃気楼のようにそれは揺らめいている。
「位置は?」
「東に三キロ。 森林公園の中の、廃屋だ」
「了解。 で、制限時間は?」
「二十分」
それだけを聞き終わると、無音は屋上から躊躇無く飛び降りた。 それを見て、やれやれといった様子で、伊達男は頭を掻き乱す。 彼は、面倒くさそうに双眼鏡を森林公園の中へと向けた。
「まったく、人間の癖に命知らずだな。 無音は」
*** *** ***
「いや、サクサク勧めてくれてるけどさ、チョット待ってよ。 君はエヴァリーとか言う、シグマと同じ組織の人間じゃないの? クロックとか、別の組織みたいな事言ってるけどさ」
「能力を持たせる組織ではなく、能力を消し去る組織。 それが私達クロックだ。 能力が能力者の平等を欠くんだ。 ある一般人の親は、自分の子が能力を持った所為で、狂気に駆られて殺したくらいのものだぜ? 能力者ってのは」
ラプラスの問いに、別の誰かが答える。 だが、その姿は見当たらず、周囲を見回すも、それらしい人影など無い。 どこかから、女の声がする。
次の瞬間、誰かがラプラスの方を叩いた。 思わず、それに対し、ラプラスは短剣を向けるも、それは受身を取るわけでもなく、そこに居る。
「ずいぶんと早い到着だな、無音」
「よしてくれよ、ジャック。 ……照れちゃうぜ」
フードを目深に被り、彼女はこちらを見据えている。 恐らく、この雰囲気は能力者なのだが、能力を使っていた様子も、能力を使ったときの感覚も無かった。 一体、何をやった?
突然、背後から現れるなんて、ただ事じゃない。 足音どころか、気配も無かった。
「君、何者?」
「名前を聞くなら、まず自分から名乗るって事を知らないのかい? 私は、音無 無音。 君みたいな殺害者には大体“低認識人間”で通ってるぜ」
低認識人間……どっかで聞いたような……確か、今懸賞金を掛けられている賞金首の中で唯一、顔が分からない殺人鬼だったような気がする。 低認識の意味が、今ようやく分かった。
この女、視えない。 よくよく思い出せば、確かに“それらしい人影”は居なかった。 ただ、“それらしい”から除外される人影を見たような気がする。
「つまり、君から接触しないと僕たちには識別できないって事かな?」
「……よく分かったな。 私の本質を見抜いたのは君で二人目だ、自慢していいぜ」
「どうでもいいが、無音。 その男口調は直せないのか?」
ジャックがラプラスと無音の会話に割って入ると、無音はフードの奥からジャックを睨みつけた。 背筋を何か、冷たいものが這う感覚に襲われる。 例えるなら、氷で出来た蛇が這うような、気持ちの悪い感覚……。
恐らく、言葉遣いを直せは彼女の前では禁句。 言わないように気を付けよう。 フードで顔は見えないけど、きっと、「マジでお前ぶっ殺すぞ?」くらいの顔してる。 ……気がする。
「……そんな目で見るなよ、悪かったって」
ついにジャックが無音に対し、謝った。 正しくは、無音の無言の圧力が、ジャックに謝罪を強要した。
「で、話を戻すが……」
「準備なら整ってる。 後、もう二人ほど迎えに行って任務完了だぜ」
無音は廃屋の裏に泊めてあったワゴン車まで二人を案内すると、それに乗り込んだ。 ジャックに言われるがままに、ラプラスもそれに乗り込んだ。 ワゴン車に乗り込むと、ここでようやくジャックは仮面を取り、誰もいない助手席へ。 厳つい顔の仮面だったのだが、取っても目つきが大して変わらないってどういうことでしょうか?
組織に入るなど、真っ平ごめんだが……今まで、断られた後に排除するつもりで攻撃を仕掛けてこなかったのはこの二人だけだ。 一応、信用は出来る……と、思う。
「一体、どこへ行くつもり?」
「寝ててくれて構わないぜ。 私は免許証持ってないから運転できないし、ジャックに運転任せて私も寝ちまうからな」
運転席でボーっとしながらハンドルを握るジャックを横目に、毛布を引きずり出すと無音は寝息を立て始めた。 当然のように、フードを被ったままで。
……フードを取ってしまいたい衝動に駆られる。 どんな顔なのか、凄く気になる。
恐る恐る、手を伸ばす。 が、バックミラーでジャックがこちらの様子を伺っている事に気づき、それを止めた。
「どうした、別に俺は何もしないぜ?」
「君さ……ずいぶん楽しそうだね」
「いや、気のせいだろ? ……無音、お前もずいぶん楽しそうだな。 フード取ったらどうだ?」
ジャックが呆れたように、狸寝入りを決め込んでいた無音に対し、言い放った。 確かに、狸寝入り。
毛布を法衣のように方からまとうと、フードの向こうから。 彼女は恐らく、こちらに笑いかけた。 と、思った。 多分。
「……そうだな、確かに私の顔を見せないのも変か」
「僕は別に構わないよ、興味本位だったし。 そもそも、君達を信用しきっては居ないし、君たちも同じだろう?」
ラプラスの言葉に、ジャックは無言で聞いていないふりのつもりなのか、アクセルを踏んだ。 一気に加速し、高速道路に乗った。
- Re: incomPEtent RSON ( No.6 )
- 日時: 2012/02/08 20:49
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: .iyGyIWa)
「いや……来ないで! 来ないでよ!」
夕暮れ時。 とある廃屋に、彼女は居た。
「いや、大丈夫だよ。 怖くないよ。 ほら、飴は好きかい?」
彼女の目の前にいたそれに対し、彼女は恐怖を抱いていた。
目の前にいたそれは、紅に近い赤毛のピンパーマに、真っ白な顔。 マジシャンのようなスーツ姿で、シルクハットを被って。 彼女に対し、素敵な笑顔を浮かべるも、その笑顔を台無しにするピエロメイクの……無ければ優男が、彼女に迫っていたのだ。
彼からすれば、敵意は無いのだが、彼女から見れば彼はこの上ない不審者であり、今しがた彼女をこの廃屋に監禁していた男の二人組みをたった一人で瞬く間に伸してしまったこのピエロは、恐怖の対象でしかない。
「どうしたんだい、ボクは君を助けに来たってのにさ」
更に、彼のその棒読み感溢れる口調が、恐怖を煽っている有様だ。 そして、彼の能力。 彼女も、能力者ゆえに分かる事だが、彼は今まで彼女の目の前で、能力を三つも使っている。
ありえない能力なのだ。 能力屋の能力は、一つだけ。 個人のもつDNAが一つだけで、個を形作る様に。 能力は、人によって似ても同じにはなりえない。 だが、彼は目の前で男二人を伸す際に、男達と全く同じ能力を使役し、今目の前で、シルクハットからテニスラケット並みのペロペロキャンディを出現させた。
三つの能力を持つ能力者など、居るはずがない。 居るはずの無い、得体の知れない人間が今、目の前に居る。 それだけで、恐怖には変わりなかった。
それを助長するかのように、シルクハットを持っていた右手が腕から離れ、音を立てて床に落ちる。 一般に言う義手というやつだ。
「ああ、すまないね。 ボクの手は生まれつき無いんだ。 もしあったらなら、強すぎるから、カミサマが切り落としちゃうんだってさ。 ……君、何か反応を返してくれよ。 何だかボクが一方的に喋っちゃって気分が悪いじゃないか」
実際、こんなのが居るとすれば恐怖を感じる対象以外の何者でもないだろう。
奇妙なメイクで素顔が分からず、棒読みな口調からは思考の一欠けらも読み取れない。 そして、今までの脅威だった男達を、たった一人で、目の前で伸しているのだ。
要約すれば、何を考えているのか分からない力の塊が目の前に居る。 言葉の内容だけ汲み取れば、それはやさしいものだが、その内容にまで、耳が向けられない。
そんな中、エンジン音が廃屋に届く。 と、同時。
彼はここでようやく、笑顔以外の表情……苦笑いを浮かべた。
「君が早く答えてくれないから、時間が来ちゃったじゃないか。 ……仕方ないな、今回は保留。 次は告白しに来るから、返事を考えておいてよ」
その言葉の直後、彼は四つ目になる能力を発動。 水に絵の具を溶かしたかの様に、その場に溶け込み、姿を消した。
*** *** ***
「大丈夫か? 何があった、こいつらは……何で伸びてんだ?」
一般人……とも、思いがたい。 大振りの太刀を背に背負った目つきの悪い男が、目の前で伸びている二人組を呆れたような目で見ている。 その横では、フードを目深に被った小柄な人間が、その男の顔を蹴り飛ばし、意識が戻らないかと確認している。 そして、それを呆れたように、長い黒髪の男が見ていた。 男の腰には、恐らく刃物と思われる長い袋筒が提げられている。
この集団も、普通に見れば十分異常だ。
「さて……と。 こいつらは確か、人攫いで指名手配されてたような気がする」
太刀を背負った男が、ライターの灯でポケットから取り出した手帳をぱらぱらとめくり、呆れたような視線を伸びている男の一人に向けた。
「アランとチェスターのコンビだな。 大して懸賞金も高くなければ、能力指数も低い。 こんな小物が、攻撃する相手を間違えたってとこか?」
「いや、見ろよ。 彼女、腕輪を付けられてる……能力は使えないはずだぜ?」
フードを目深に被っていたのが、女だと今分かった。 ただ、顔は見えず、さっきのピエロ同様に不審極まったような雰囲気だが、口調が棒読みではない分、こんな不審な集団がとてもマトモに見える。
「ふーん。 だったらさ、誰かがこの二人を伸したってことだよね? 彼女も、ずいぶん怖い思いをしたみたいな顔をしているし、十中八九間違いないよ」
「ラプラス……ずいぶんと観察力高いんだな」
「経験から来る予測だよ、僕は。 シェリーはもっと凄い」
- Re: incomPEtent RSON ( No.7 )
- 日時: 2012/02/10 16:36
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: .iyGyIWa)
事務所の壊れかけたインターホンが鳴った。 二秒以上待たず、その人物はもう一度インターホンを鳴らす。
……郵便配達ではないだろう。 依頼人……でもない。 私の能力が、そう言っている。
「どちら様? 宗教勧誘はお断りですよ」
事務所の戸を開き、そこにいた人間を確認。 コートを羽織った茶髪のピンパーマの伊達男。
それ以上の特徴があるわけでなければ、それ以外に特徴があるわけでもない。 見た目はどこにでもいそうなチャラ男なのだが、その中身はチャラ男などという雰囲気ではない。
対峙した感覚は、今まさに能力を行使しようとする能力者に近いものを感じた。 だが、彼は能力を発動するそぶりも見せなければ、常に開放しているタイプの能力者ではない。
「能力者の方が、どのようなご用件で?」
「デートしようぜ、シェリーちゃん」
ピシャンっ。
そんなよくありそうな音と共に、事務所の戸は彼女によって閉じられた。
無理、生理的に受付けない! そんな雰囲気をかもし出し、扉を隔てた向こうにいる変態を睨みつける。 だが、彼がそこから去る気配も無い。 もう一度、戸を開いた。
そこには、相変わらず彼が佇んでいる。
「……ごめん、冗談」
「セクハラで訴えるわよ?」
「スイマセン、マジ勘弁」
「で、ご用件は?」
シェリーはその長い金髪をなびかせ、そこにいた男をソファーに押し付けると、彼の目の前にコーヒーの入ったマグカップをごとんと置いた。 向かいのソファーに腰掛けると、彼女は手榴弾を片手でもてあそび、彼を見据えた。
「君は確か……黒薙童子だったかしら?」
「今の姿をご存知とは光栄な限りだけど、俺はそんな名声に興味は無いんだ。 今、真に興味があるのはこの事務所かな」
童子と呼ばれた彼は、事務所の中を見回し、嬉々としてシェリーに向きなおした。 それに対し、シェリーは相変わらず彼に警戒の目を向けている。
彼に対しては、どう警戒しても足りないくらいだ。 “人類始まって以来の天才”である彼は、現存するスーパーコンピューター以上に頭がいい。 有名な研究者で、政府の生物機構に籍を置き、能力者の研究をしているという。 ただ、その期間は数年前にラプラスが壊滅させている。
「つまり、私とラプラスの勧誘……政府にもどれという警告と受け取るけれど、そういうこと?」
シェリーは弄んでいた手榴弾のピン先に付いた輪に、その細い指を掛けるとクルクルと回す。 「下手なこというと、爆発させるわよ?」とも言いたげに、クルクルと。 爆発させれば彼女もただではすまない。 自爆テロ同様、爆熱に体が焼かれ、能力を行使しなければ木っ端微塵になるのは当然。 そのリスクを背負っても、この男を殺すことは出来ない。
同期の頃、脳天に短刀が突き刺さっているのに平然と歩き回っていたのを何度か見た覚えがある。
「惜しいけど、違うな。 俺はもう政府とは縁を切ってるんだ、政府に協力なんて二度としてやるかよ」
憤りを隠さず、シェリーに向けた。 明らかに、その怒り方は異常。
「そう、何があったかは知らないけれど、その話ならお断りよ」
「一と三の区別くらいなら付く。 俺たちは群れて、数で正しさを証明なんてしないさ。 ……クロックって組織は知ってるか?」
「嫌な名前ね。 ラプラスがアクレイに向かった後に、それがクロックの流した情報だって知ったわ」
童子はそれを聞いて小さく笑う。
「悪いね、彼女は彼女で勧誘するつもりだったんだけど、俺だってさっき知ったばかりさ。 この事務所で一緒に居るってことは。 それで、話を戻そう。 俺たちクロックは……今の政府を叩き潰す」
「へえ、それで元政府直下兵の私に声を掛けた……ということ?」
「そういうわけさ。 まさか、人造人間の女の子がここに居るとは思ってなかったけど。 大方、研究施設を壊滅させて脱走した後に君と出合ったんだろう? 君の政府に裏切られた裏切り者だ、俺に協力する気はないか?」
「……残念ながら。 組織に加入するつもりにはなれない……けれど、依頼というのであれば考えなくも無いわ」
その言葉を聞いて、童子はコートの内ポケットを漁ると手帳を取り出し、その中のページを切り取り、シェリーに手渡した。 依頼内容が記されている。
「君は素直じゃないからな。 俺も、元同僚として言うと、そういうところは好きだぜ」
「……バカ。 依頼は確かに受け取ったわ。 ラプラスはどうなってるのかしら?」
依頼内容の記された紙切れを冷蔵庫にマグネットでとめると、シェリーは彼の目の前に戻ってくると再びソファーに腰掛けた。
「エヴァリーの勧誘を受けて断った。 殺されるはずだったけど、クロックのジャックが密偵でね。 内密に、ラプラスと行動を共にしてる。 今頃多分、次の勧誘相手の様子を見に行った頃だろう。 君達は確かに戦力としては申し分ない。 むしろ、強力な即戦力だ。 レベルⅢの癖に危険度SSなんて、君くらいのモンだぜ。 ただ、彼女は微妙でね……君、レベルゼロ能力者って聞いた事はあるかい?」
レベルゼロ……能力を発動するのに必要な魔力を持てない能力者か。 能力を持たない分、能力者と呼ぶべきかどうかも怪しければ、政府の定めた能力者の規定から完全に外れた存在だ。
政府側も、その存在は認めてはいるが能力者として扱わず、登録もされていないためにその数は希少といわれているが、実際は未知数。 ハッキリ言って、得体の知れない存在だ。
「聞いた事はあるわ。 ただ、現物は拝んだ事がないけど」
「そのレベルゼロの勧誘に行ってる。 君から見て、レベルゼロの特性……超伝導能力はどう思う?」
強力な電動能力に、体内に魔力をとどめることなく受け流す。 能力を受け流す事ができる能力差が居るのなら、それはまさに対能力者では敵なしだろう。 体術が完全であれば。
ただ、そのデメリットも存在する。 攻撃に限らず、治療系の能力すらをも受け流してしまう……骨折程度が致命傷になってしまうのは相当痛い。
集団戦の乱闘になるのであれば相当なデメリットになる。
「超伝導は確かに魅力……けど、そこまで強い子なの?」
「いや、それがさ、疾患型能力も併発してるらしくてね。 粉砕骨折が数秒で治るって言うんで人買いに浚われ通しらしくてね。 彼女の足跡は見つかっても、彼女を見つけるのは凄く難しいんだ。 最近ようやっと、彼女を見つけたんでマークしてた。 今頃、迎えに行ってるんじゃないか?」
携帯電話を弄りながら、童子はメールをやり取りしている。 スリープモードにすると、彼はそれをコートのポケットに放り込んだ。
「ところで、募集人数は?」
「無制限。 無論、途中参加も歓迎。 募集要項は俺が目をつければ無条件。 私服参加オーケーで、むしろ私服参加じゃないと駄目。 その気になったら正式に。 依頼ではなくて参加してくれて構わない。 それで、一応、組織のアジトの方に一度来て欲しいからさ。 俺と来てくれよ」
- Re: incomPEtent RSON ( No.8 )
- 日時: 2012/02/12 20:16
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: .iyGyIWa)
「ラプラス、シェリーもアジトに向かった。 じきにこっちも着くんだが、少し寄り道するぞ」
運転席で眠たそうに欠伸をするジャックは、後部座席の三人に断り、コンビニで車を止めた。 直ぐに車から降りて、コンビニに入ると、彼は眠気覚ましにミント飴でも買うのかと思いきや。 一直線に酒の並んだ一角へ向かい、ラベルをまじまじと眺めると、適当なビンを三つ手に取り、会計へと向かう。
「待たせたな」
支払いが終わると、彼は戻ってきて誰もいない助手席に酒の入った袋を置くと、アクセルを踏んだ。 バックすることなく、器用に右に急カーブすると、道路に戻った。
そこで、彼はありえない行動に出た。 助手席にあった酒瓶を手に取ると、片手で栓を外し、そのまま口へ。 見れば、そのアルコール度数は50%……結構高い。 それも、よくよく見れば料理酒……この男はアホか。
「飲酒運転……」
「細かい事は気にするなって」
「気にするよ、私は。 ジャック、酒臭い」
ラプラスと無音の言葉など、彼の耳には届かなかった。 無音、ツッコむ所違う。
何だかんだ言って、自己無くアジトに着いたのでよしとしよう。 能力者のアジトというには、それはよく目立つ。
街中に建てられた高層ビルの一つ。 それも、他のビル以上に高い。 シンボルタワーとか、そんなレベル。
「着いたぞ、ここがアジトだ。 無音、お嬢さんつれて先に行け、俺はラプラスと話がある」
「ラプラスと? 話って?」
「女は聞かない方がいい話だ。 ほら、早く行けよ」
「……分かった、私がいないほうが離しやすいらしいな。 ほら、早くこっち来いよ。 取り敢えず、体が冷えてるからな……風呂にでも入れ。 な?」
廃屋で保護した彼女に肩を貸しながら、無音はビルの中へと姿を消した。 それを見届け、ジャックは胸ポケットから煙草を取り出すと口にくわえた。 ライターで火をつけ、大きく吸う。
「さて、疑問その一。 お前、一体何なんだ?」
質問タイム。 一応、予想の範囲内にはあったが……いざ、聞かれると説明には困る。
“何なのか”といわれれば、当然人間だ。 ただ、相手が望む答えはその人間という言葉ではない。 ラプラスの本性。 無能者の持つ、奇妙な能力の事だろう。
話すべきかも知れないが、生憎。
「僕はまだ、君を信用していないんだ。 悪いけど、保留させてもらうよ」
「……そうか、残念だ。 それなら気を取り直して質問その二。 お前の持ってるこの剣……フランベルジェなんて物騒なモン、どこで手に入れた? こんなの造ってる所なんてなければ、今の時代にこんな奇抜な剣の存在を知ってる奴なんてそんなに居ない」
二つ目の質問は凄く簡単だ。 シェリーに貰った。
たったそれだけの事で、シェリーがどこでこんな剣を手に入れたのかなど知らない。
「シェリーに貰ったんだよ。 僕は、結構気に入ってる」
「……譲渡。 成程な、そいつからの譲渡なら頷ける。 それじゃ、三つ目……ずいぶん、早かったな」
ジャックの言葉を遮るように。 あの二人が到着した。
「ああ、結構早く理解してくれたからな、交渉も早く終わった」
「そうかい、そりゃよかったな」
ピンパーマの男と、見覚えるある女。 シェリーだ。
「シェリー、結局買収される方向で動いてるの? 僕はどうでもいいけど」
「ラプラス、他と足並みそろえるのなんかごめんだって言い始めたのはあんたでしょ? 買収されるつもりは無いわ、依頼を受けただけだし、あんただって乗り気だからね」
流石シェリーさん。 この方に一目ぼれですかそうですか、依頼と称して後々、いつの間にか買収されるオチってわけだ。 素直に依頼じゃなくて買収されるって言えばいいのに。
それとも恋愛フラグですか、よかったですね。
あ……成程。
「ツンデレってこういうののことを言うんだ」
「ラプラス、本気で殴るわよ?」
小声で言ったのが、どうやら聞こえていたらしい。 何て地獄耳。 能力を使っていない所が恐ろしい。 下手したら心読まれてそうで怖い。
というより、多分この鬼の形相は心読まない限り、こんな小さな一言ではしないと思う。
「仲がいいのな。 ラプラス、俺は童子ってんだ。 依頼人だ、ヨロシクな」
へー、シェリーはこういうピンパーマの伊達男が好みなのか……。 確かに、イケメンではあるけどさ、冴えないんだよね。 雰囲気が。
絶対裏側は残念なタイプだよ、コイツ。 それか、過去は全然目立たないで教室の隅っこの席で休み時間の間寝てるか本読んでるタイプ。 そんな雰囲気。 ぼっちってやつだ。
僕もそうだったから、同類の匂いはよく分かる。
「……なあ、なんか失礼な事考えてないか?」
呆れたような視線が、ラプラスに向けられた。
居るよね、自分がそうだからって、相手もそうだと思ってる人。 成程、コイツはそういう奴なのか。
「何も。 ところで、シェリー」
「ああ、そうだったわね」
童子なんて放っておいて、シェリーとのハイタッチ。
体温を吸い取られるような感覚と共に、体が縮むのが分かる。 さっきまで持っていた能力を吸い取られ、シェリーの能力が上書きされ、元に……戻る。
つまり、女の姿に。
「これが……女版ラプラスか」
「なんだよ、僕は別にどっちでもないよ」
童子がまじまじと、ラプラスを観察する。 それに対して、胸を隠す要領で「いやーんえっちー」って、ポーズをしたら、思いっきり引かれたというのは今となってはいい思い出だ。
*** *** ***
「さて、皆の衆。 各々の現状報告を始めようか。 それじゃ、読み上げて」
薄暗い会議室で、それは行われていた。 赤毛のピエロが中心を陣取り、指揮を取る。 それを取り囲むように、スーツの男達が椅子二掛け、手元の書類を同時に読み上げていく。 その人数は十人以上。
立体映像での参加者も数名、見受けられる。 会議室が暗いのは、視覚を奪い、聴覚に意識を向けるため。
ピエロは瞳を閉じて、それ全てを同時に聞き取る。
「A、その実験は少し早い気がする。 五日後に空母がその近海を通るから、それで戦闘力テストをしてみて」
「L、君は一体何がしたいんだい? 悪いけど、直接その現場を見せてよ。 文章を纏めるのは次から部下に任せるように」
「M、いい加減ボクの監視は止めてもらえないかな?」
「S、ラプラスは多分逃げてる。 ジャックは裏切ったよ。 見つけ次第、始末を許可する」
「Y、“彼”の管理。 今月は警戒レベルを最高にして見張るように。 当然、能力での防御壁も忘れずにね」
聖徳太子は十人の意見を聞き分けたというが、それ以上の人数で彼はそれを平然とやってのけている。 数分間、彼が上の空で意見を言い終えると目を覚ましたように、その眼球は周囲を見回した。 それと同時、会議室の電気がついた。
瞳孔が収縮するのが分かる。 そこにいたのは、Sと呼ばれたスーツを着たサングラスの男だけだった。
「そうだな、S。 君は黒薙童子を危険視しすぎだよ。 どんな大天才であれ、一人でこの世界を掌握することなど出来やしない。 だからこそ、今度からスカウト先に当たるだろう未登録能力者のスアウトに当たってよ。 相手よりも先に、スカウトして取り込んでしまえば相手は必然的に少数になる。 ラプラスの件は、ご苦労だった」
ピエロはポケットから取り出したチョコレートを齧り、シルクハットから取り出した袋入りマシュマロを手元の机に並べ始めた。
ピンクと、白の二色が混じっている。 全て、机の上に空けた。
どうやら、ピンク以上に白の方が多いらしい。 色別に分けると、白いマシュマロでピンク色のマシュマロを覆った。
「数で頭を押さえる。 今の人間社会と同じでさ、数という攻撃が最も効果的なんだ。 知っての通り、数居れば人殺しのような間違いだって正解になるし、喜ばれる事だって無くはない。 常識は正義でも、良識は悪なのさ。 数の集まっていない今、この段階ではね」
面倒くさそうに彼は立ち上がると、部屋の隅にある電気のスイッチまで歩く。 スイッチを入れると、彼の姿はまるで幽霊のように、足元から透け始める。
「それじゃ、会議終了。 各自、任務に励んでくれたまえ。 現在遂行中の政府からの“平等な平和を作る”という依頼は困難を極めるだろう。 常日頃から体調管理はしっかりとするように。 以上」
それだけを言い終わると、彼の姿が完全に透明化し、その場から消え去った。
- Re: incomPEtent RSON ( No.9 )
- 日時: 2012/02/14 21:04
- 名前: Neon ◆kaIJiHXrg2 (ID: .iyGyIWa)
「現状は、こんな所だ」
ビルの中へ全員を招きいれ、二階の会議室を占拠し、ラプラスとシェリーに今この組織の現状を童子が説明し終えた所。 それに水を差すように、ラプラスが挙手。
「はーい、全く分かりませーん」
言い放った。 シェリーはラプラスを呆れたような目で見つめ、童子はその言葉に苦笑いした。 説明した童子からすれば、最低限簡潔にまとめて説明したはずだったのだ。 それを分からないといわれれば、お手上げである。
「つまり、エヴァリーとクロックは上位争いの最中ってこと。 それで、エヴァリーは後ろに国が居るから、凄く強い勢力と、広い情報網を持ってる。 で、対するこっちはたった二十人。 このままだと不利だから、組織を拡大しようって話をしてたのよ? その横で……」
「ふぇ?」
ラプラスの齧っていたチョコレートを取り上げると、シェリーはそれを部屋の隅にあったゴミ箱へと放り投げた。 見事命中し、チョコレートは吸い込まれるようにその中へ。 ラプラスは恨めしそうにシェリーを睨む。
「何するのさ! 僕の至福のひとときを!」
「人が喋ってる間は何も食べない! 分かった!?」
ラプラスはシェリーに畳み掛けられる勢いで、椅子の上で膝を曲げ、縮こまって座るとクルクルと回りだした。 子供か、コイツは。
それを見た童子は、ますます混乱し、奇妙なものでも見るかのような顔で、ラプラスを見た。 それに気付き、ラプラスはそっぽを向く。 それを横目に、シェリーはコーヒーをすすった。
「目の前にあるコーヒーはいいのか? あー……と、説明再開していいか?」
「どうぞ。 ラプラスはもう、席外してなさい、アンタには私が後で租借して説明するから!」
シェリーがキレた。 ラプラスが席をはずしたのを見て、同時は上着のポケットを探ると、鍵束を取り出し、しばらく眺めた後。 その中の一つ『F‐Ⅱ・201』と記された鍵をラプラスに投げて渡す。
「鍵見てピンと来たと思うが、一応な。 二階の201番室、自由に使ってくれ、確かあそこは空き部屋だが、キッチンやシャワー程度ならあったはずだ」
「……アリガト」
……。
「さて、ラプラスが居なくなったから聞くけど……人造人間って?」
「錬金術により造られた人口人類の総称。 文献によれば、フラスコに人間の精液、ハーブなどを入れた上で密閉し、四十日が経過すると自然発生する生き物の事だ」
“人造人間”の女の子。 事務所でのその言葉は、明らかにラプラスを指したものだった。 その問いを、ラプラスの前でするものではない。
ラプラスが席をはずした今が、聞くいい機会だ。
「そうじゃない。 あの言い方は……」
「ああ、ラプラスが人造人間だって言った。 ただ、彼女はその造り方とはまったく違う。 多分、構成はエリクサーと人体の構成成分が主だろうな。 俺が見たところ、アイツは記憶がないと思うんだが……その認識で間違ってないか?」
「ええ、そうよ。 ラプラスが覚えていられるのは基本的にここ二年間の出来事だけ。 施設から逃げ延びた経験や、戦闘教育を受けていた経験は覚えているようだけど、どうやら。 自分が人造人間だという事は忘れてしまったようね……」
忘れている……。 その言葉に、童子は驚いたような顔をするが、そうでもなかったことを騒いでいただけだという様子でコーヒーをすする。
「だとすれば、重荷を背負わせなくて済むか。 でだ、ラプラスは、その作られた人造人間は、今、二つに分かれている」
*** *** ***
「まだ席をはずすのは早いよ、S……いや、シグマ。 一つ注意事項があってね」
「何でしょうか?」
席をはずしたシグマを、ピエロは呼び止めた。 Sと呼ばれていたシグマは、ピエロに向いた。
「ラプラスの件なんだけどさ、彼女の事は生け捕りにしてくれないかな? 死体でも構わないんだけど、彼女の体内で造られているであろう核が、蒸散しちゃうみたいなんだ」
ピエロは先ほどつみかさねていたマシュマロを握り、口の中に流し込むと、シルクハットから今度はテニスラケット大のキャンディーを取り出し、シルクハットの中へと戻した。 四次元ポケットの中を探る青い猫型ロボットのように、しばらく探った後。 板チョコレートを取り出すと、彼はそれを齧る。
「……そうだな、彼女には会ってみたいし。 今度、情報が入ったらボクも誘ってくれよ、ボクが直々に出て行って、彼女を捕らえるからさ」