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Re: それ、死ねば治るよ。 ( No.6 )
日時: 2012/02/26 00:13
名前: 暁 ◆ewkY4YXY66 (ID: khvYzXY.)

『4話』

 少女は、目を覚ました。辺りは暗く、静まり返っている。彼女は、ひどく困惑した様子で辺りを見回した。彼女が横たわっていたのは、記憶の最後にある、冷たくて硬いアスファルトでも、夢にまで見た、美しい花畑でも、無機質な病院のベッドでもなかった。見覚えのあるそこに、少女は小さく首を振った。

 ありえない。

 いるはずのない場所に、もう戻って凝れないはずだったその場所に彼女はいた。後悔なんてしていなかった。だからこそ、とまどいを隠し切れなかった。
「やあ、おはよう」
 唐突にかけられた声。振り返ろうとした瞬間、身体の自由が奪われ、視界も何かに遮られた。背に触れる体温から、自分が、後ろから抱きすくめられるような格好だと理解した少女は、羞恥に顔を染めた。
「ねぇ、貴方、シラトリサユリさんだよね?」
 耳元で聞こえる、若い少年の声。聞き覚えのあるその声に、少女はますます困惑した。しかし、状況を理解するより先に、逃げなくてはならない。本能的にそう感じ取った少女は、少年の問いかけに答えることなく、少年の腕から抜け出そうともがく。しかし、少年の力は強い。まるで、“人間ではない”かのように。
「ははっ。暴れないでくださいよ、センパイ。せっかく、“こっち側の住人”になったんですから」
 少年が笑う。その、どこか乾いたような笑い声に、少女は確信を持った。声、口調、笑い方。
 彼は、あの、ヘッドホンの後輩だ。
「放しなさいよ!こちら側って、なによ!」
 少女は、ありったけの声で叫ぶ。これだけ叫べば、家族の誰かが、気付いてくれるだろう、と。しかし、彼女の声が、誰かに届いている様子はない。
「ははっ!センパイが取られたのは、声ですか?こりゃあ丁度いい!“食いやすい”!」
 その言葉と共に、舐めあげられた首筋。少女は、嫌悪感に涙を浮かべる。
「何、なのよ!」
 少女が叫ぶ。それと同時に、彼女の体が宙を舞う。不意に襲った浮遊感に、思わず目を瞑る。落ちた先は、ベッドの上。衝撃に咽る少女を、少年は押し倒し馬乗りになった。
「ほら、大人しくしててくださいって」
 少年の、小柄なヘッドホンと赤い瞳が月明かりに光って見えた。その冷たい輝きに、少女は恐怖を覚える。動けなくなった彼女の首筋に、牙が突き立てられようというときだった。

バン!

 大きな音がして、部屋の扉が乱暴に開け放たれた。二人は驚いて、そちらを見る。少年の手は、少女の首下に置かれたままだ。開け放たれた扉の前に立っているのは、今、少女の目の前にいる少年と、ほとんど変わりない体型の人影。少年は、その影を、忌々しげに睨み付ける。少女は小さく息を呑んだ。月明かりに照らされているにも関わらず、ぼんやりと歪んで見える影。そこで、やけに鮮明に光っているのは、非日常。人影が握るそれの正体を、少女が認識した。と、同時に鳴り響く発砲音。思わず目を瞑り、動けずにいる少女の腕をつかむ何か。少年かと思い、少女は手を引く。つかんでいる方の手は、面倒そうに、しかし優しく少女の腕を引いた。その力に、少女はそっと目を開ける。そこにいるのは、先ほどの人影。相当近い距離にいるはずなのに、人影は、人と形容するにはぼんやりとして見えた。
「う…」
 撃たれたはずの少年が、うめき声を上げる。ふるえる少女に、立とでも言いたげに人影は彼女の腕を強く引いた。戸惑う彼女に、少年はめんどくさげに叫ぶ。
「馬鹿か、早く立て!」
 凛、と響いた声は、酷く中性的だった。その美しい声に、聞きほれている少女の手を、人影は強く引く。少女は、ふるえる足で立ち上がると、半ば曳きずられるように走り出した。