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- Re: 夢、快楽、死、鼓動昂ぶる 一ノ一ノ三 2/29更新!! ( No.10 )
- 日時: 2012/03/25 01:48
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: R33V/.C.)
夢、快楽、死、鼓動昂ぶる
〜第一章 第一話第三節「前触れ 三」〜
「僕は君の同類さ……」
『何? 何を言っているの? えっ、同類!? 可笑しい……こいつ絶対可笑しい!』
黒ジャケットの赤髪の青年に誘導されるようにいつのまにか春香は、人通りの無い無い裏通りへ追込まれていた。
建物によってできた細長い一本道で人の目が無いのを良いことにゴミを捨てるものが沢山居るのか相当に汚れている。
異臭に鼻を覆う春香を他所に青年は淡々とした様子だ。彼女は奇怪な化物を睨むように彰介を見詰めた。
自分の名を忘れたような口ぶり。厨二病染みたコードネーム。そして、自分のことを何でも知っていると言うストーカーじみた情報収集能力。何もかもが思えば不気味で。
その不自然な狂気は彼の一言で大きく増長された。彰介の同類と言う発言は彼女の心を締め付ける。
彼女は体中でその言葉を否定しようともがく。本来なら簡単に否定できるはずの言葉。
だが、どうしても拭いきれないのだ。そう彼を見ているとぼんやりと自分の生前の姿が浮ぶような、そして最初から知っているような。「ありえない」と、必死で否定するほどに体中が熱くなって懐かしさを感じて。
「どうしたのかな? 熱でも有るのかい?」
「さっ触らないでっ! 私はあんたみたいな人格破綻者じゃっないッッッッッ!」
火照って顔でも赤くなっていたのか。恥らいや焦燥感が表情に表れたのだろうか、青年に額を触られ春香は体を竦めた。
少しは人間らしい心配すると言うこともできるではないかと小さくながら感嘆するが、今の彼女にはそんなことは些細なこと。彼に対する生理的な気持ち悪さに嗚咽しながら抵抗する。必死で手を振り払う。男はなおも笑顔を崩さない。
「……円状の紫色の痣は同胞の証。それはすなわち力の顕現。君は今不可解な夢を見ているはずだよ?」
『何なの? 何でそんな色や形まで!? 見られてた。ヤバイ! 逃げないと』
兎に角、彼女の脳内を支配していたのは逃げろと言う警鐘。尋常ではない現実との不和と危機感がほとばしる。
彰介は何食わぬ顔で春香を追う。まるでそれが当たり前と言うように。そのさまは彼女の言う通り性質の悪いストーカー。
しかし、そうとしか思えないのに体の深淵を本当の意味で支配するのは郷愁にも似た懐かしさ。
『何なの!? 私と彼は何か関係が有ったの!? 分らない! 分らないよッ! パパ、ママ』
脳内を支配する感情と体を駆け抜ける感覚が違いすぎて彼女の中の感情制御の柱が揺らぐ。
思いの他一本道は長く走っても走っても出口が見えない迷路のようだ。人の居る場所に着けば勝ちなのに。ここは日本一人間で溢れた東京のはずなのに。絶え間無く続くポンプ運動で張り裂けそうになる胸を締め付けながら春香は疾駆し続ける。
後ろを振り返ればすぐ追いつかれそうな気がして後ろを振り向けない。全力疾走で百メートル近く以上走って元々文系である彼女の披露はピークへと達する。恐る恐る振り切れたか確認するために一欠けら程度の勇気を振り絞り振り向く。
今や居ない母親や父親になど助けを求めながら。
「やぁ、少し走ってすっきりしたかい?」
「何なのよ? アンタ一体……何なのッッ!?」
振り向いた先には当然のように馬達彰介が立っていた。それも息一つ乱さずに表情を全く変えずに。
目の前の青年ははっきり言って細面だ。確実に平均より体重は軽いだろう。もしかしたら十キロ位軽いかもしれない。
いかに何かしらのスポーツをやっていたとしてもこれほどの体力が付くものだろうか。本当に人間なのかと言う根本的な疑念が浮ぶ。それはある種の抵抗なのだろうとも春香は知っている。化物に襲われたのならまだましだ。人に殺されるよりはなどと。だが生への執着がなくなるわけじゃない。
長い期間続いている虐めにも屈せず学校に通う彼女の中には確実な生への執念が有った。
しかしそれは今風前の灯火と化している。金切り声をあげ涙を流す。表情は絶望に彩られていて。
青年はそんな絶望に歪んだ少女を綺麗な人形を見るよな瞳で眺め抱き寄せた。そして彼女の涙を一滴嘗め取る。
「絶望と恐怖に彩られた表情とそれから生まれた涙は本当に美しい味がするね」
「ふざけるな。お前なんかに私は殺されて……」
一瞬何をされたのか分らなくて春香は逡巡した。目を白黒させて頬に伝わる温度で理解する。
彰介の口から発される言葉でそれは核心になっていく。
彼が糾弾すべき下衆で有ることも自分の命を奪うに値しない屑で有ることも。
逃げることが出来ないのならどうすれば良い。脳内に浮かんだのは簡単で明快な答え。
「たまるか!」
「それが、僕の同類ということさ……」
殺してしまえば良い。幸いにしてここは人通りも少ないのだから。自分が生き残るためには仕方の無いことだろう。
そう、心に言い聞かせて彼女は叫ぶ——「殺してやる————!」と。
「殺してやるうぅ!」
怒りのヴォルテージが限界に達した瞬間に彼女の影が巨大なサソリのような姿に揺らめく。
その不自然な影の揺らぎを確実に目に捉えながら。まるで本能が知っていたかのように手の指に力を入れる。
彼女の指が変色し長く鋭くなっていく。その様を見てスパイダーと自らを呼称した男は哄笑する。
まるでこの光景を待っていたように。そして凄絶な笑みを浮べ宣言する。
「合格だ。インセクトプリズンへようこそ」
彼は言う。大きく手を広げ迎え入れるように。
「黙れ」
だが、彰介の言葉など今の彼女には届かない。
棒立ちする彼に彼女は容赦なく爪を振り翳す——……
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第一章 第一話第三節「前触れ 三」終り
第一章 第一話第四節「前触れ 四」へ続く