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Re: 夢、快楽、死、鼓動昂ぶる 一ノ一ノ四 執筆中!!  ( No.11 )
日時: 2012/03/25 01:49
名前: 風猫(元:風  ◆Z1iQc90X/A (ID: R33V/.C.)
参照: 第一章 第一話終了! ※微エロ有り

   夢、快楽、死、鼓動昂ぶる 
  〜第一章 第一話第四節「前触れ 四」〜


                     「黙れーッッッッッッ!」
                    喉が裂けるほどの大音響で春香は叫ぶ。
                    彼女の異様に鋭い爪は青年の首元を正確に狙う。
                    



  「嫌だ。黙らない。生きている限り僕は語るぞ。君の全てでも僕の全てでも」
  流石にただ死ぬことは選べなかったのか、彰介は左腕で春香の鋭い爪による刺突を防ぐ。
  青年は全く痛みを感じていない風情で喋り続ける。
  太陽光の光が届かないせいで赤黒く見える血はまるで罪のようで。彼女は嗚咽した。
  そして痛みを毛ほども感じず語り続ける目の前の人間とは乖離した怪物を睥睨し歯軋りする。
  「あんたのことなんて興味は無い。私は誰かに語られるような存在でもない!」
  『死ね! さっさと死ね! 私の毒でッッ! あれっ? 何で私、私の爪に毒があることなんて?』
  唯彰介の言葉が腹立たしくて彼女は恫喝した。そして焦燥感に滲んだ表情で念じる。早く死ね、と。
  彼は腕で彼女の攻撃を防いだのだから出血量では死なないだろう。だが彼女は知っている。自らの爪に致死性の毒が有ることを。しかしそこで彼女は疑問符を抱く。なぜ、自分の爪に毒が有るのか。普通の人間の爪に毒など無い。
  「どうしたんだい? 妙に愕然としているね? それとも焦燥感かな? いや、普通じゃないと気付いてしまったのか?」
  「五月蝿い! 黙れ!」
  彰介は鬱陶しそうに春香の爪を腕から抜きハンカチで血を拭いながら無感動な瞳で話し出す。
  その内容は彼女にとって的を射ていて腹立たしいことこの上ない。彼女は子供のように声を荒げた。
  非現実的の連続で彼女の感情に余裕はなく、怒鳴るしか出来ない。
  「追い詰められているのかい? 可愛そうに……君は今、こう考えているはずだ。
  なぜ、この男は私の毒で死なない? あれ? なんで私は自分の爪に毒が有る事を知っているんだろう、ってね?」
  青年の話の途中で追い詰められているのはお前のせいだと彼女は口論しようとするが。男は彼女の眼前に人差し指を立てて静かにしろと言外に告げた。そして話を続ける。どうやら自分の話を遮られるのは嫌いなようだ。  
  彰介の発言は彼女の思考の全てで。春香は瞠目する。
  「毒? 何を言ってるの……毒が有ったら貴方死んでるんじゃない?」
  「僕に毒は効かないんだよ。なぜって……? 蜘蛛の力を持つからさ」
  春香は青年の言葉に対して精一杯の白を切った。
  しかし彼はハンカチに付着した血の臭い嗅ぎ毒があることを認め、軽い口調で言う。
  まるで自分が特別な力を持つかのように振舞う青年に反感を抱き舌打ちするが、自分自身も普通ではないことを春香は気付いていた。なぜなら普通の人間の爪が、人の腕を貫くなど有り得ないから。
  「蜘蛛の力!? バッカじゃないのッ!?」
  しかし、春香は認められない。自分の今の現実が壊れていく様が。積み重ねてきた見識が砕けていくことも。
  訳が分らなくて壊れてしまいそうで彼女は自分の胸にその鋭利な爪を突きつけてみたた。
  涙が出るほど痛くて彼女は喘ぎ声を漏らす。

  「馬鹿じゃないさ。確かに脳の造りなんかは少し普通とは言えないけどね?」
  『えっ? 何ッ? 影が巨大な蜘蛛の形に!?』
  仕方ないと被りを振う彰介。ツイと彼は目を細めた。すると青年の瞳にルビーのような赤色の燐光が宿る。
  そして彼の影が見る見るうちに形を変えていく。その瞬間、春香の胸の中に表面的な未知への恐怖や不信感以上の大きな感情が湧いた。それは知己の盟友との再会のとき交わす抱擁のような感情。
  『何だろう? この懐かしい感じ。まるで長く会っていない親友に会った時みたいな……歓喜?』
  意味も分らず彼女は涙を流す。しかしその瞬間自分の背後に突然、妙な気配を感じ振り返る。
  どうやら来客らしい。このような場所を通るということは社会のはみ出し者なのだろう。
  
  「何だぁ? 日高高校の生徒さんが何でこんな時間にここに居るんだぁ? さては非行少女か!? 
  良いね! 俺さぁ、あんたみたいなお嬢さん結構好みだぜ! 何て言うの? 最近巷で人気の儚い系美人?」
  春香が振り返った先にはスキンヘッドの間抜け面の明らかに彰介より五歳から六歳程度年を取っている大男が立っていた。しかし男から発せられる言葉は体つき相応にしわがれた感じの声とは全く異なる幼稚な内容で。
  彼女は嘆息し聞くに堪えない話と断じ殺してしまおうと爪を構える。しかしそれを青年が止めて微笑む。
  まるで「君は普通の人間なんだろう? ならそう簡単に人間らしくない力を使うなよ」と、制止しているようだ。
  「何だぁ? ちゃらちゃらした野郎だなぁ。赤髪とか茶髪とか校則違反だろうが餓鬼ぃ! 
  俺あなぁ……てめぇみたいな野郎が良い女とイチャイチャしてやがるってのが一番気にくわねぇんだよ!」
  「五月蝿いな。後から来た奴が飛び入りで何喚いているんだい?」
  そんな彰介の行動が気に入らなかったのか大男は喚きたてる。硬派気取って校則などと社会不適合者だからこそ今頃こんな場所に居るような男の言う言葉ではない。臆することなく青年は春香の前へと進み大男と睨みあう。
  大男はガタイの良さも相俟って彰介と比べ圧倒的な存在感を醸し出している。しかし彼は一歩も引かない。
  平然と忌憚無く意見し殺気をみなぎらせる。
  「死ね」
  この上なく冷たく何の感情も無いその言葉はゆえに圧倒的な狂気を孕み。大男の顔面を蒼白とさせた。

  「蜘蛛なんてありえない? 良く見てな春香」
  「何スカしてんだあぁぁぁぁぁ! 色男おおぉぉぉぉぉぉ!」
  丁度良い実験材料を見つけたとでも言う風情で彰介は微笑む。それを見て沸点の低い大男の我慢は限界にいたり噴火する。男は大木のような巨腕を天高く掲げ勢い良く振り下ろす。
  「遅い……遅いなぁ。木偶の坊」
  掘り下される瞬間彼女は信じられない物を見た。否、正確には信じられない経験をしたというのが正しいか。
  青年は身を翻し春香を抱かかえ屈伸運動の力を使うことも無くジャンプし空を舞う。
  三メートル以上は飛んでいる。春香を抱えてだ。明らかに人間の脚力を超えた技に彼女は絶句した。
  見逃した男はまさか頭の上を彰介が通過しているなど知らず辺りを見回している。
  「おいおい!? どこにいきやがった!? まさかビビッて逃げたかあぁ?」
  一頻り周囲を確認して相手が居ないので男は有頂天だ。自分の力に驚いて逃げ出したのだと。
  大男の目当てである春香も居なくなっているのだから本末転倒だろうに。そもそもそれ以前にそんな一瞬で逃げられるはずも無いと考えれば分るのに、男は愚かしい陶酔に浸り笑い続ける。
  「あーぁ、寄り道しちまったなぁ。そろそろ旦那の所に……」
  そして笑い飽きたところで何もかも忘れたかのように歩き出す。
  旦那とは恐らく裏通りで商いをする麻薬売買の者等のことだろう。
  しかし歩き出してすぐに頭上から妙な声がする。  

  「うっむぅ!?」
  それは、女の声。女の喘ぐような声だ。禿頭の男は思い出す自らが本来来ないはずのこの場所まで来た理由を。それは他ならない女が目的だ。男と女の口論を耳に挟み興味を持ち歩み寄って現場にいた男がひ弱そうなので殴って女を奪おうと考えた。まさかと思いながら男は頭上を確認しようと顔を上げる。
  視線の先にはなぜか青年に唇を奪われた目当ての女。
  憎しみが沸々と湧きあがって来て大男は雄叫びを上げそうになる、がそれは叶わない。
  「えっ? ゲッ……ぐがっ!? なっ、何だこれ!? いっいがああぁぁぁぁ! くっぐるじぃ……うっあぁ」
  『何? 突然苦しみだした!? 体が浮んでいく!?』
  大男は突然苦しみもがきだす。首を締め付けられていることに気付きそれを必死に引き千切ろうとするが力が入らない。
  そもそも力が入った所で千切れないだろう。彼を縛るのは彰介の操る蜘蛛の糸だ。蜘蛛の糸は実は凄まじい強度だ。
  幾重にも重ね合わせれば普通の人間になど千切れるはずが無い。何が起きているのか分らず春香はただ困惑する。
  人一人を軽く持ち上げ図抜けた跳躍をし人を抱えながら壁に張り付くさまはすでに人間の範疇を超えていて。
  彼女はこの地点で既に確かに確実に普通ではない人間が存在していて自分もその範疇なのだと気付く。
  「…………」
  黙考しているといつのまにか男の抵抗の声が消えていた。大男は体を宙吊りにされ口内から泡を吹き出し動かない。
  それを彰介も確認したらしく彼女の口吻から唇を離す。
  ファーストキスがこんな何てと春香は嘆く余裕もなく吊るされた巨漢を見詰める。
  「死ん……だの?」
  分りきっていたがもしかしたら違うかもしれないと、死体など見たく無いと青年を殺そうとしたのに身勝手にも彼女は問う。
  「うん、死んだよ?」

  「そっか……あんまり恐怖や罪悪感を感じないのは私も普通じゃないからかな?」
  臆面もなく告げる彰介を見て溜息をつく。そして自分の中に思った以上に何の感慨も無いことに気付き自覚する。
  自分も普通などでは無いのだ、と言うことを——
  『あぁ、恐らくは今朝のニュースの奴って彼がやったんだろうなぁ。蜘蛛の糸って見え辛いもんなぁ』
  蜘蛛の糸に絡まれての窒息死という奇怪な死に関する朝のニュースを思い出し小さく微笑む。
  本来なら嘆くべき所だが何だか笑みが出る。
  「現実を直視すべきだよ? 君は普通じゃない。普通と言う世界で生きていけない。いつか社会から炙りだされる」
  彰介に言われなくてももう、分っていた気がした。だがそれを認めることは出来なくて。

  「ご忠告有難う……でも、百パーセントじゃないでしょう?」
  「そうかい。君がそう思うならご自由に? いつでもインセクトプリズンは君たちの参入を待っているよ」
  恐らくは自分この普通の人間とは違う爪で人を殺しているのだろう。今までは感情をコントロールできず記憶に無かったが。間違えなく殺しているはずだ。悪夢を見る。仲間を見殺しにする夢と交互に自分が人を殺す夢も見るのだ。
  その死体は精緻で。まるで現実で死骸を見たことがあるかのようだった。理由は簡単で自分自身が殺していたのだろう。
  しかしそれでも手にした日常にしがみ付きたくて異常者として生きるのは虐められるより遥かに嫌だから。
  春香は青年の申し出を断った。
  「疲れた……今日は、休もう」
  彰介のくれた名刺をなぜか捨てる気にはなれずポケットにしまい帰路に着く。
  相当に疲れが溜っていて大男の死体のある場所で眠ってしまいたかったが流石にそれは不味いと判断し帰路につく。
  その頃にはすでに青年の姿は無かった。

  「…………」
  春香は一瞬立ち止まり後ろを振り向く。何かに見られていたような気がして。
  だが、勘違いだとすぐに心に言い聞かせて歩き出した。


  


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第一章 第一話第四節「前触れ 四」終り
第一章 第二話第一節「裂く「咲く」人 一」へ続く