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- Re: 夢、快楽、死、鼓動昂ぶる 一ノ一ノ五 執筆中 ( No.20 )
- 日時: 2012/04/04 00:42
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: r3A.OAyS)
夢、快楽、死、鼓動昂ぶる
〜第一章 第二話第一節「裂く「咲く」人 一」〜
「いやあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
夜七時。都内はすっかり闇の帳に包まれて居た。そんな町の一角、悲鳴が鳴り響く。
甲高い若い女性の声。着崩されているがどうやら桐生春香と同じ制服を着ているようだ。
ツインテールを棚引かせ少女は全力で疾駆する。閑散とした通りを人目も憚らず駆け抜けていく。
ふと少女は脳内に疑問を呈す。まだ、人の往来が活発な時間帯なはずなのに誰一人として人に会わないのだ。
自分を追跡する者を恐れて逃げている言う様子もない。そもそも最初から可笑しかったのだ。
突然、友人が吐血したと思ったら膨張して怪物に変化して。その瞬間に周りに居た人々が消え去ったのだ。
敵意を向き出しにして振り向く妖怪変化の類に恐怖してそれ所ではなかったが考えてみれば色々可笑しい。
『そもそも、こんな怪物見たことないわよ。テレビとかでも』
振り向けばこの世のものとは思えない奇獣が居る。赤紫の樹齢何百年とも知れない巨大な根っこが絡み合ったようなグロテスクな上半身の怪物。どこから鳴き声を上げているのか解らないが、時々ギギギギと奇声を発し此方に恐怖を与える。
どんなに逃げても相手との距離は一向に狭まらず寧ろ相手は少女との追いかけっこを楽しんでいるかのようだ。
証拠に相手の動作は緩慢でゆっくりと歩くようなスライドで追跡している。体が温まっていないから本気の動作ができないなどということはないはずだ。
何せ相手は変態してから十秒以上は態と立ち止まっていたのだから。なぜ、態と立ち止まっていたのか疑問符は残るが本気を出したらすぐに追いついてしまうのは間違えないだろう。
「ギギギッギギィ」
『息がっ苦しい! 足が縺れる。頭が体が熱くて意識が朦朧とする。駄目だ……もう、倒れそう』
過呼吸状態で喉が苦しい。視界がぼやける。だが、死にたくないから彼女は逃げ続けた。
しかしそれもついには限界を向え道路の建設不備か或いは地震等で出来たのか知れない亀裂に足を取られて倒れこむ。人一人居ない通りに彼女の倒れこむ音が響き渡る。
整備され切れていない古い蛍光灯のジジジッという音が耳に入ったとほぼ同時にあの不快な泣き声が耳朶に響く。打撲で足が動かず胸を強く打ち付けて呼吸が思うように出来ない。
確実に迫り来る命を摘み取るハンターの存在に少女はカタカタと歯を鳴らす。横転して鞄を落としたことにより衝撃で散ばった化粧品や筆記用具、嗜好品を無造作に怪物は踏みにじり近付く。
「なっ何なのよ!? 何で私がこんな目に合うのよ! わっ私、何にも悪いことなんて……ヒッ!」
恐怖に耐え切れなくなって、地べたに座り込んだまま足を動かし後退し彼女は許しを乞うように喋りだす。
自分は何も悪いことはしていないなどという告白が何の意味があるのだと脳内で疑問を呈しながらも口を衝いて出てくる言葉は、自分の潔癖を証明しようという逃げ口上ばかり。化物に命乞いなど聞くはずも無いと笑いたいほどに滑稽だ。
案の定、怪物はそのような言葉など聞き入れるはずもなく硝子を爪で掻くような不快な声を鳴らす。
「ヒッ!? あっ、あはっ! あはははははははははっ! まさか? まさか私がやった悪いことってアレェ!?
同じクラスの人とは仲良くしないと駄目ですかぁ!? 虐められるような弱い奴がいけないのよ!
世の中強い奴と弱い奴、食われる奴と食う奴じゃないの!
どうせ私に虐められるような奴、現実でも生きていけないって!」
恐怖に感情をすり潰され少女は狂ったように笑い出す。後半の方の言い訳は完全に自分を正当化し許しを乞うてのことだろう。しかし、当然ながら獣に人の言葉など解することができるはずもなく怪物は喉を鳴らす。
「ギギャアァァァァァァァァァ」
「あっ、やっ! こっ、こないで!?」
その奇声はまるで食前の挨拶のようで。少女は最後の抵抗とばかりに足の痛みなど気にせず逃げ出す。だが、怪物から逃げれるはずもなく、奇獣から突然生えた手により彼女はすぐに捕まってしまう。
「助け……て」
ガチガチと歯を鳴らしながら頭の芯から爪先まで恐怖により染め上げられたかのようななんとも形容し難い表情で彼女は振り向く。そこには先程よりおぞましく進化した怪物がいた。巨大な蟻のような頭部を赤紫の触手から生やしている。
「…………」
その余りの異形に少女は何も言葉を発せない。カチカチと巨大な大顎を鳴らし化物は彼女を見据える。
“あぁ、死んだ”その時彼女は心の底からそう思い体の全ての力を抜いた。弛緩した股先からだらしなく尿液が流れ出てそれが股先を伝う。だが、彼女は凛とした瞳で怪物を見詰めた。
弱者と強者を語った自分、最後位は強くあろうと彼女は誓ったのだ。
「ゴメンね。パパ。ママ。雪。まどか」
自分が亡くなることで悲しんでくれる人がいることを嬉しく思いながら彼女は世話になった人々の姿を思い浮かべる。
そんな彼女の全ての記憶を無視するように狂獣の牙は、一撃で彼女の上半身を吹飛ばす。大量の血飛沫が噴水のように飛び上がり辺り一面は血の海と化した。空を舞う鮮血の赤もすぐに地面へと堕ち血糊と化す。
下半身が血の海へとバシャリと水溜りに何かが落ちたような音を立てて倒れこむ。
音も無く人も居ない空虚で静かな空間に怪物が少女を咀嚼する音が響き続ける。ゴリゴリと骨さえも無残に砕かれていく。ほんの数分で彼女の死骸はそこから消滅した。
死んだ少女の名は餡崎美咲。桐生春香を虐める少女グループのリーダー格だ。
“なお、これは桐生春香が馬達彰介に出会う二ヶ月前の話である”
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第一章 第二話第一節「裂く「咲く」人 一」終り
第一章 第二話第二節「裂く「咲く」人 二」へ続く