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Re: 夢、快楽、死、鼓動昂ぶる 一ノ二ノ一更新 コメ求む!  ( No.30 )
日時: 2012/04/18 06:49
名前: 風猫(元:風  ◆Z1iQc90X/A (ID: ESDOwl5l)

   夢、快楽、死、鼓動昂ぶる 
  〜第一章 第二話第二節「裂く「咲く」人 二」〜
  

  二千十二年十一月十三日。桐生春香は怪しい雰囲気を持った青年、馬達彰介に会う。彼の勧誘を断り彼女は帰路につく。
  沸々と湧き上がる不安感を強引に捻り伏せて彼女は歩き続ける。時々、あの青年が後ろを追ってきていたりするのではないかと思い立ち振り返っては、彼が居ないことに安堵して一息つく。それの繰り返し。気を張っていたせいか自宅に着くまでに普段の数倍の時間が掛かったように感じて、彼女は自室にある目覚ましに目をやる。
  「家を出たのが七時半。あいつから開放されたのが八時半。今は、八時五十分」
  思い出せる限りの時間を脳内に羅列して彼女は嘆息した。本当に時の流れというのは曖昧なものだ。正確には、体感する感覚だが。緊張していたり恐怖を感じたりしていると普段の何倍にも感じるのが良い例だろう。
  彼女は布団も敷かず畳に転がり目を瞑る。
  『何なんだアイツ? 私と彼が同類? ふざけるな! 私があんな人格破綻者と同じはずが!』
  周囲の風景が遮断されると自然に浮んでくるのは、忘れたいはずの記憶。普段のいつもと変わらない、詰らない風景の中に現れた強烈な異彩を放つ人物。そう、馬達彰介だ。彼の放つ奇怪な言葉の数々が、彼女の心に鬱積し続ける。
  否定したくても自分が普通じゃないことは確かで、彼が言っていたことには心当たりがありすぎるのだ。特にあの時始めて人の死を見たのにほとんど無感情で居られたことが、自分が普通というカテゴリーからは程遠いものだと実感させた。
  常人とは掛け離れた身体構造や妙な痣より何より、その道徳心を廃した心の動きが恐ろしく感じたのだ。
  『否定しろ。否定しろ否定しろ否定しろ否定しろ! 私は、一己の人間として人生を謳歌するんだ! 排斥されるのも異常者扱いされるのもゴメンだ! 否定しろ否定しろ否定しろっ』
  何度も何度も反芻する。あの青年との出会いとそして交わした言葉の全てを否定して消去しようと全力を尽くす。
  全身が強張り体中を嫌な汗が包む。だが、記憶が消えることは無い。そんなすぐに消えるはずも無いと一人ごち一息。
  そして、彼女は起き上がる。
  「バッカみたい」
  一言毒づくと、春香は自室に鳴り響く不快なコーリング音に気付き受話器を取った。どうやら担当教師が心配して電話してきたようだ。彼女はうんざりしたような表情を浮かべながら冷静なしかし少し苦しそうな口調で「風邪をひいたので休みます」と嘘を付く。教師は、彼女が風邪をひいてもそれほど業とらしく苦しむふりをする人間ではないことを知っているためか、それ以上言及することは無く「無理はしないで養生するんだぞ」とだけ言って電話を切った。
  「…………」
  春香はしばらく沈黙したまま天上を見詰め続ける。思い出したように彼女は立ち上がり着替えだす。昨日バイトの給料が入って財布は温まっている。それを確認して彼女は微笑む。
  「よっし! 今日は、ラノベ大人買いと漫画大人買いとゲーム大人買いで大パーティだ!」
  そして、ガッツポーズしながら自分に言い聞かせるように呟いて最後にカチューシャで髪を止めてお出かけの準備を整える。今の時間なら先生は流石にいないし容姿からして子供っぽい方ではないのでばれることは無い。OBなども居るには居るだろうが気付かないだろう。
  自分が好きなものを自分の稼いだお金で買いまくる。それが、彼女のストレス発散法だ。
  
  唯一の懸念材料は不良生徒が学校にも行かずに制服で出歩いていることだが、それも極少数だろうし遠くへ買い物に行けば会う可能性はほとんどないだろう。彼女は、駅で池袋への切符を買った。ちなみになぜ池袋なのかはあるラノベの影響だ。
  『池袋。そう言えば行ったことがない』 
  三大副都心と言われる巨大都市だが、東京に住んでいるというのに行こうと思ったことも今まで無かった。
  渋谷や新宿は時々行くのだがなぜだろう、と思案してみるが全く思い当たる節は無い。
  沈思黙考しているうちにいつの間にか池袋へと付く。「速いな」と、ボソリと呟き彼女は電車から降りる。酷い虐めにあっているとはいえ学校をサボることは少ないので平日の通勤ラッシュ後はどの程度の混雑具合なのか分らない彼女は呆然と呟いた。
  「平日のこの時間でもこんなに利用しているんだ」
  当然ながら都内は車は不利なので電車を使う営業マンも山ほどいるのだろうが、それにしてもこれは多いと春香は思う。どんな時間でも暇な人間というのは案外炙れているのだなと、世知辛いご時勢に思いを馳せながら彼女は歩く。
  「さて、と。どこに何が有るとか分らないし駅前で買い物はすませちゃうか」
  誰かに道を聞くのも面倒だし地図を見るのも得意ではないので適当に駅前通りを散策する。本の専門店やゲームの専門店などは少し歩けばどこにでもあり彼女の用事はすぐに済んだ。この日はラノベ十冊と漫画十冊、ゲームカセット四つを購入。出費としては三万程度だ。
  「モンハン3G欲しかったのよね。ん? 今、何か変な視線を……」
  随分前から欲しかった物をようやく手に入れて春香は、子供のように目を輝かせて口ずさむ。時間にして一時半。遅めの食事を取ってそろそろ帰ろうかと思索していたときだった。突然、ジメジメとした湿気が肌を濡らすような妙な感覚が襲ったのは。
  『気のせい? まさか、無いわよね? あの馬達とか言う男がストーキングしてるとか』
  眉間に皺を寄せ緊張した面持ちで彼女は辺りを見回す。特に怪しい人影は無いしあの奇妙な男の姿も無い。ホッと一息つき大して時間も経っていないから恐怖感が拭えていないのだと適当に視線の理由付けをする。
  その時だった。

  “現実逃避していられるのも今のうちだよ”
  夢の中で何度も反芻された言葉が不意にせり上がってきたのは。それは妙な感覚だった。
  自分は何もそれに対することを考えているわけでもないのに、まるで他者がテレパシーを送ってきたような或いは今、白昼夢の如くその言葉を聞くように過去から仕組まれていたような奇妙な感覚。ドッと滝のような冷や汗が体中の穴という穴から吹き出たような気がした。
  「居るなら居るって言いなさいよストーカー! どこ、どこなのよ!?」
  「うっざぁ、何あの子ぉ?」
  その感覚に自らのキャパシティの限界を超えたのか春香は酷い剣幕で怒鳴りだす。しかし、周りの人々が一瞬何事かと首を傾けたり鬱陶しがるだけで恥ずかしい事この上なく彼女は俯きまわりの人々に謝った。そして、こんな精神状態じゃ駄目だと顔を伏せ歩き出す。

  『…………』
  自分が一番落ち着ける場所、すなわち自分の家である寮に帰ろうと速足で歩く。そんな中、彼女は一つの違和感に気付いた。人々の体の回りに妙な色付きのもやが見えるのだ。全員にそのもやは等しく立っている。
  青い色のもやが大勢だが紅いもやの人間が時々混ざっていてそれを目にすると落雷に打たれたかのような激しい衝動が体を襲う。春香は一瞬同族かと訝しがるが被りを振いその考えを捨て去る。
  同族なのならなぜ殺気立つのか理解しがたいし彼女は自分が普通でないことを認めたくないのだ。
  『一体アレは何なの?』
  電車に乗っても考えることはそればかり。電車を降りてもそうだ。彼女は近道するために一通りの少ない裏通りを進みながら自分の寮へと突き進んでいく。そんな中、彼女の胸中にはある感情が湧き上がっていた。
  自分が普通ではないのに普通の人間として振舞おうとするのは自分の小さな下らない人生を否定したくないだけだ、と言う本音。そんな中に自分はこの友人もいない自分を物で慰めるだけの生活を脱却したいとも思っている事実。
  そのためには自分の殻の中にある普通という壁を壊さなければいけ無いということ。そもそも、普通の定義など皆夫々違い万人に認められ溶け込むなど不可能なのだと言うこと。業とらしく路面に強く足を打ちつけながら混濁する感情の並を打ち払おうと彼女はする。 
  「何なのよ? 何でこんなこと考えないといけないのよ!?」
  長らく考えると言う行為を放棄していた春香は、自らを責め苦するような負の感情の連鎖に苛立ち舌を打つ。
 
  「おやぁ、お姉ちゃん美人だねぇ? もしかして僕の慰み者になってくれる?」
  そんな時だった。裏通りを歩いていたとき青のもやではなく赤のもやを放つ男に会ったのだ。当然のように衝動が湧き上がる。脳内は大量のアドレナリンが分泌されたような状態になり体中がうずく。そうだ。殺しても怪しまれることはない。人目も無いのだから。
  「あんたがなってくれるのよね? 私の慰み者に」
  男の軟派な言葉に対して春香は口角を挙げ凄絶な笑みを浮かべる。それと同時に陽炎のように波打ちながら巨大な蠍の影が浮ぶ。一瞬、空間が張詰めたような冷たい空気が流れると男は動きを止めた。
  「どういうこと?」
  怪訝に眉を潜める春香は、他の人間も動きを止めているのだろうかと気になり大通りの方へと歩き出す。すると動きを止めている所か誰一人居ないではないか。店の中に入っても誰もいない。五分以上散策しても結局誰も発見する事はできなかった。
  「成程。そう言うことか」
  何か大事件が起きて非難したなどというわけでは当然無いだろう。赤のもやを発する男とある本の数分前までは普通に人がいたし、緊急避難情報も流れてはいない。詰りは、能力を発動すると結界のようなものが発生して一般人に目撃されないようになるのだ。
  何と便利な能力かと春香はほくそ笑む。それならなぜ今日の朝二人もの異能者が能力を発動させていたのにあの第三者の男は姿を消していなかったのかという疑問が浮ぶが、それを今考えるのも面倒なので取敢えずは動けない彼に一方的なストレスを向けることにした。
  「ゴメンなさいねお兄さん」
  
  言葉面は謝っているが彼女の表情は喜々としている。何度も何度も発達した肉食獣のような爪で男の肉体を抉った。グチャグチャと臓物を引き千切り目をくり貫き切り刻み原型が無いほどに男を砕いていくうちに彼女は有る事に気付く。
  「あれ? 血の色が緑色ですよお兄さん? あはっ」
  「…………」
  男は既に物言わぬ骸だ。当然、男は答えない。
  しかし、頭に血が上って正常な判断の出来ない彼女はただただ愉快そうに笑い続けた——
  血塗れのブラウスに身を包み汚い内臓を鷲掴みにして白とは違う妙な色の骨がむき出しの紅くはない緑色の血が吹き出る死体を前にして歓喜に身を任せてただ笑い狂う。そして、気紛れに内臓を噛み千切ってみる。口内に何とも言えぬ味が広がりまたも彼女は微笑んだ。
  「アハッ、アハはハハハヒッ、ヒャアァッはははははははははははははははは!」

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第一章 第二話第二節「裂く「咲く」人 二」終り
第一章 第二話第三節「裂く「咲く」人 三」へ続く