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- Re: 夢、快楽、死、鼓動昂ぶる 1ノ1ノ1執筆中! ( No.6 )
- 日時: 2012/03/11 19:48
- 名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: R33V/.C.)
夢、快楽、死、鼓動昂ぶる
〜第一章 第一話第一節「前触れ」〜
「ふー、この時間が一番気楽って学生としてどうなのかしら?」
狭い台所スペースで料理をしながら桐生春香は毒づく。
自分の現状を呪うような口調だ。
中学時代付き合っていた男性に似合うといわれて以来付けている伊達眼鏡を煩わしそうに外す。
そして、油の引かれたフライパンに刻んだ野菜を投入していく。すぐに香ばしい匂いが鼻孔に届き夢見心地になる。
出来上がるまでにはそれなりに時間的余裕があるからと彼女はふと後ろを振り向く。
親に無理を言って入居させて貰った学生寮だ。ボロボロで安っぽい雰囲気だが唯一落ち着ける空間。
八畳一間の風呂及び台所付き。決して広いとは言えないが一人で暮らすには充分とも思えた。
広すぎないから欲しい物は歩かなくても届くし一人暮らしだから誰の目も気にする必要は無い。
考えをめぐらせてみれば実際それなりに快適だ。
少し茶色掛かった肩にかかる程度のストレートの髪を掻き分けながら彼女は鼻歌交りに野菜を炒める。
こんがりと焼き目が出来てきたのを見計らい火を消し皿に移す。
彼女の食膳はいつも、野菜炒めにご飯に市販の味噌汁と決まったものばかりだ。
だが、別段彼女にとって気になることではないらしい。彼女は唯変わらぬ安らぎが愛しいから。
「いただきます」
食事を作り終えた春香は料理の添えられた皿を食卓に置きカップ味噌汁を作り手を併せた。
食材への敬意を忘れないためにいつも挨拶は忘れない。
一人の食事は落ち着く。故にテレビなど余り見ない彼女だがニュースは今後のために見ておくべきだと毎日朝と夕方のニュースは見ることにしている。リモコンでテレビの電源をオンにしてニュースのやっている番線を選ぶ。
「今朝六時頃東京都葛飾区にて変死体を見つけたと散歩をして居た老人から警察に通報があったそうです。
変死体は、体中が蜘蛛の糸のようなもので絡まれていて死因は窒息死だと警察は断定しています」
最近、ここ東京では変死事件が多い。腹部に巨大な穴を開けた死体や肌が焼け爛れた死体など言葉で聞くだけでも吐き気がする。
春香は将来のための情報だと積極的にニュースは見ているがニュースは好きではない。
なぜなら、辛いことばかりが誇張して報道されるから。就職率の低迷や殺人事件や強盗事件。
そんなもの今は日常なのだからそこまで大きく報道して欲しくない。
そんな風に辛いことばかりを本気で考えてしまうのは彼女の精神が今の現実に耐え切れず磨耗しているからだろうか。
しかし、可笑しなこともあるものだと彼女は思う。蜘蛛の糸に絡まれて死ぬ人間など居るのだろうか。
余りに現実味の無い死に方に彼女は微笑を浮かべた。
「ごちそうさまでした」
玄関口近くに立てかけられている時計の針は七時半。
そろそろ、出なければ学校の授業に間に合わない。
学校自体は楽しくは無いが高校卒業も出来ないようでは社会で生きていけないだろう。
彼女は辟易とした表情をしながらパジャマから制服に着替えて緩慢な動作で鞄に手をやり外へ出た。
空は曇天。鬱屈とした気分の映し鏡のように彼女には見えたのは唯の妄想だろう。
「はぁ、美咲の奴。蜘蛛の糸に絡まれて死ねばいいのにな……」
いつも自分を虐める三人組の姿が脳に照らし出され彼女は小さく呟いた。
情報の中の知りもしない人間の死を慈しむのに虐めを受けているとは言え知っている人間の死を望むとは滑稽なことだ。
自嘲の笑みを浮かべて彼女は歩き出す。重い足取りで——
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第一章 第一話第一節「前触れ」終り
第一章 第一話第二節「前触れ 二」へ続く