ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ららら、ハート。 ( No.3 )
- 日時: 2012/02/14 22:47
- 名前: 遮犬 ◆.a.RzH3ppI (ID: /HF7gcA2)
一度きりしかない人生ということでしか有り得ないというのなら、俺の存在は一体何だろうか。死んでいたはずなのに、転生し、再びこの世に存在している。俺が存在することができたのは、現在シャワーを浴びている少女、リリスのおかげだった。
人間には、死に向かう直前、命の灯というものがある。その灯は、本当に儚いものだが、その瞬間にだけしか転生は出来ない。つまり、瀕死状態でないと蘇生することは出来ないわけで、俺は毎度その時に転生されているということになる。
先ほどから転生転生と繰り返して言ってはいるが、勿論気軽に誰もが転生出来るなんてバカげたことはない。それは"リリスだから出来たこと"だからだ。
リリスはただの人間ではない。それはもう、分かるだろう。
「よっ、と」
目玉焼きをひっくり返し、半熟の頃合を確かめると火を消した。リリスからの注文で、シャワーを浴びて出てくる前に目玉焼きを乗せたトーストを用意しとけと言われた。朝の方はこのセットが好ましいらしい。
先ほどまで、食材を荒らしに荒らしまくっていたクセに、まだ腹が減るというのだから困ったものだった。
「——出来たのか?」
「あぁ、後もう少し……って、リリスっ?」
目玉焼きを丁度トーストの上に乗せようとしたその時、リリスがすぐ傍から腕を組んで俺を見ていた。その姿は——バスタオル一枚、体に巻かれただけの状態だった。
見事にその凹凸の無い幼児体型の体が分かる。その姿のクセに、態度はすごく偉そうに見えるのが不思議だ。
「うん? 何だ、その目は」
「いや……服は?」
「汚れているから、着てない。他に何も持ってないし、とりあえずはこれで——」
「待ったっ。服を探してくるから、ちょっとここで待ってろっ」
急いで俺は服を取りに行った。案外すぐに見つかったが……その服はジャージぐらいしかなかった。それも、サイズがリリスにしてはぶかぶかのサイズで、腕の長さが全然違う為に随分と裾が長くなってしまって、ぶら下がってしまっていた。
「む……動き辛いぞっ。脱いでいいか?」
「ダメだ。とりあえず、それで我慢してくれ、リリス」
不満そうな表情を浮かべつつ、リリスは渋々といった風に押し黙った。
とりあえず、飯を食おう。いろんな話はそれからでも遅くはないはずだ。俺とリリスはテーブルへと対面に座り、食べ物はリリスと僕は同じ目玉焼きトースト。飲み物は牛乳が定番だった。
一口齧り、何度か「ふむふむ」と言いながら噛むリリスの姿はそこらにいるか弱い少女のようだった。
「味、変わってないか」
「そうか?」
「うん。変わったのじゃ。手抜きか、バカ篠」
あぁ、思い出した。そういえばリリスは、俺のことをバカ篠と呼ぶんだった。そんなバカ殿ならぬバカ篠と呼ばれても、最初の内はしっくりこなかったが、今ではもう慣れた風に感じてしまっていた。
「手抜きなわけないだろ。ていうか、この料理のどこで手抜きするところがあるんだよ」
「目玉焼きに決まっておろう! 何か塩辛いのじゃ……」
といって、目玉焼きの半熟の部分をフォークでつつき、卵黄が溢れてくるのをじっと見つめていた。
こんなリリスの姿を見るのは、もうどれぐらい経ったのだろう。
俺がリリスと出会ったその日は、俺自身も意味が分からなかった。
ただ単に、気づいたら血塗れだった。記憶も何もありゃしなかった。
全てが意味不明で、全てがややこしくて、もう何が何だか分からないまま、ただ意識が朦朧として、そんな中で唯一分かったのは自分が相当ヤバい状況だということだった。
「あぁ……何で目覚めてしまったんだよ、俺。記憶も何もなかったら、どうしようも、ない、だろ……」
だんだんと息が苦しくなってきた。ここがどこだかも分からない。この場所がどこなのかも全然分からない。というか、記憶がないからそもそも分かるはずもない。
朦朧とした意識の中、すっかりと俺は地面へと倒れこんでしまっていた。血溜まりが広がっていく。水溜りのように、俺の体と触れている地面に広がっていく様が寝転がっててよく分かる。
何だ、銃弾か? 何でやられたのかも分からない。第一、目覚めた瞬間がこうだった、という感覚なんだ。記憶も何も無くて、本当に困った。
「あぁ……死ん、だな、俺」
最後の時ぐらい、家族や思い出に耽りたかった。しかし、そんな小さな願いすらも、死に際でさえ叶わない。
なんて不幸な死に方なんだろうか。自分がどんな人間で、何者かも分からないまま死ぬのはとても怖かった。そして目が、だんだんと力を失っていくのを感じる。闇が多く、視界に現れていく。
さようなら。誰に言うわけでもなかった。けれど、それしか言えなかった。
「——朝賀 篠。それがお前の名前じゃ」
誰が声をかけているのか分からなかったが、俺の耳にはちゃんと届いていた。
それは少女の声だった。ゆっくりと、視界がぼやけてはいるが、現れていく。そこにいたのは、ゴスロリの服を着た色白い少女だった。雨も降っていないのに、傘を差している。日傘というほどの規模ではなく、大きな傘だった。
その少女は、まっすぐ俺を見下ろしている。どうにも気に食わない立ち位置だったが、そんなことを言っている場合じゃなかった。
「おま、え……俺、を、知って……る、のか?」
「少ない情報だ。少なすぎる。お前の人生はそれだけのものなのじゃ」
「俺、の……人、生……?」
リリスは傘をくるりと360度回して、口を再び開いた。
「お前は、記憶を喰われている。お前の人生、存在、全てが何も無いのじゃ、朝賀 篠」
「どう、いう、こ——ぶぁっぐっぅッ」
嗚咽と共に、血が大量に口から溢れ、吐き出された。よくこれだけ大量の血を流して生きていられるのだろう。そんな疑問は死にかけの俺でも少しは思ったが、それよりもこの死に際に、謎の少女が俺のことを、少なからず名前を知っていた。
「お前の残り火の中には、名前ぐらいしかない。その他には、復讐の二文字じゃ」
もう返す言葉もなかった。いや、出なかった。声を出そうにも、ヒューヒューと空気しか吐き出すことが出来ず、まさに虫の息だった。
「朝賀 篠。お前に二つだけ選択させてやる」
少女は、突然呟いた。その時、雨が降り始め、ポツポツと傘から鳴る音と共に、俺の頭上からは無数の雨が降り注いだ。
「このまま、何も知らず、自分の存在も何もかもが掻き消されたまま死ぬのか、それとも——私の僕となり、己の真実と向き合うか。どっちがいい?」
選ぶも何も、声が出ないっていうことが分からないのか、こいつは。
しかし、自然とその時、俺の中で痛みというものが和らいだ気がする。いや、そもそも痛みなんてあったのだろうか、と錯覚するぐらいに。
自分の存在を掻き消されたまま、というのは誰かに俺という存在を消されたのだろうか。となれば、俺はどういう人間だったんだ。
僕になって、己の真実に向き合う……ふざけた話だ、既に虫の息の人間に何故そんなことがいえるのだろうか。
俺はそんなことを思いながら、でも考えてみた。
このまま死んだとして、何の得になるのか。虚しいのはそのままに、俺という存在は少なからず意味のあるものだったのだろうか。
俺は俺で、俺であるはずだった。それは、誰ものにも変えられない事実のはずだった。
「——どうせなら、もう、やってやるよ」
声ではない、声が出た気がした。自分の耳にも、しっかりと自分の声が聞こえた。
それを聞いた少女は、口元をひどく歪め、嗤ったような気がした。
「いいだろう。それでは——契約成立だ」
少女はそう言い放つと、おもむろに銃を取り出し、ゆっくりと俺へと向けて、その銃口を響かせたのだった。